このクイズのヒント
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ヒント知らないよ
このクイズの参加者(11人)
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難易度:★★★
![]() ![]() はじめまして
![]() ![]() どうにも納得いかないので、クイズとして問題提起したいと思います ![]() (問題提起なので、囁き欄なし、にしました。) ------------------------------------------- あなたは正直村の住人である。つまり、嘘をついたら、村の掟により、即死刑になる。 そして、天国と地獄の門の門番に任命された。 門Aは天国の門であり、門Bは地獄の門である。門番はこれを知っている。 1.門番は、「はい」か「いいえ」としか答えてはならない。 2.門番は、わからなければ沈黙することが許されるが、 わかっていることには沈黙は許されない。 3.門番は、1回 門番の掟1.2.3.を破っても、即死刑になる。 ある日、前から人間が歩いてきて、こう尋ねてきた。 「「門 あなたは、少し考えたあと、「 人間は嬉しそうにBの門に行き、地獄へと落ちた。 その後すぐ、村長に呼ばれ、次のように言われた。 「さっき地獄に落ちた人間が、「お前がなんかの規則を破った」と叫んでおった。 もしそれが本当なら、お前を掟により、死刑にしなければならない。 事の真相を説明しなさい。」 さて、あなたは今、命の危機にさらされている。 あなたが掟を破っていないことを、極めて論理的に説明してください。 -------------------------------------------
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![]() ![]() その1
「「門Aが天国か」と聞かれたら、あなたは「はい」と答えるか?」 「門Aが天国か」と書いてあります。 門Aは天国の門ではあるが、門自体が天国といえるのかどうか? よく分からないのでこの質問には沈黙し、「はい」とは答えない。 すると、「「門Aが天国か」と聞かれたら、あなたは「はい」と答えるか?」 という質問の答えは「いいえ」となるので掟を破ってはいない。 その2 門番の掟は理不尽だと思います。 もし2回目の質問をされた場合、3によると沈黙しなければいけないが、 2によると、わかっていることには沈黙してはいけない。 この場合、掟を守ることは不可能となってしまう! どうせ守れない掟なら守る必要はないと思い、 「門Aが天国の門か」と聞かれたら「いいえ」と答えるつもりでした。 実際は「「門Aが天国の門か」と聞かれたら、あなたは「はい」と答えるか?」 と聞かれたので、正直に「いいえ」と答えたのです。 掟を破るつもりではありましたが、現時点では掟を破ってはいません。 ![]()
ゲーデル
その1.
確かに「門A自体は天国じゃありませんね ![]() クイズの問題を訂正しておきます。 誤:「門Aが天国か」→訂正:「門Aが天国の門か」 その2. 基本的にこのような考え方ですが、掟は全て、キチンと守ることが出来ます。 考え方はほぼ正解なので、最後の文 「現時点では掟を破ってはいません」をもって、正解(別解)とします ![]() 「私」は死刑になりたかった。
門Aが天国の門かという質問に「いいえ」と答えれば死刑になれるので、「門Aが天国の門かと聞かれたらあなたははいと答えるか」という質問の答えは「いいえ」になる。この質問の答えは嘘などついていない正直な答えである。 しかし、いまとなっては「私」は死刑になりたくなくなった。 だから上記の理由を説明すれば死刑はまぬがれる。 ![]() ![]() ちょっとわかりにくいかな…
![]()
ゲーデル
ここの掲示板をみてると、本当に多様な考えかたがあるんだなぁ
と感心させられます。 ![]() ただ、一応、死刑にならないよう、「いいえ」と答えた私を正当化してください、 という質問ですので、あえて「おしい」とさせてください ![]() ちなみに、細かいですが、少し注意したい点が出てきたので、 問題文を訂正いたしました。もう一度、考え直してもらえるとうれしいです ![]() ![]() ![]() 初めに答えてくれたいはらさんと恭平さんにはすごく悪いのですが、
良く考えると少し都合の悪い個所がありましたので、 少し問題を訂正します。(訂正箇所は赤で書き直しました) ![]() 大変申し訳ありません ![]() ![]() ![]() 「門Aは【地獄が所有している門】ですから、【天国の門】でないですよね。」
「あの人間が「「門Aは天国に行けるか門か」と聞かれたら、 あなたは「はい」と答えるか?」と聞けばこんな事にならなかったのに」 ![]()
ゲーデル
個人的には(トンチがきいてて)大好きな答えなのですが、
![]() 一応問題として、トンチ系統の話ではなく、極めて論理的に、 「正直者」が答えたことを、正当化できます。 個人的に大好きな答えですので、「おしい」とさせてもらいました ![]() なお、問題文が、細かいですが一部訂正されたので、もう一度考え直してもらえれば助かります。 村長に、何も反論できないような答えを待ってます ![]() ![]() ![]() 極めて論理的てのは難しいですね
![]() 私とその人は喋っていたので、 「門か」を「門なのですか?」の意味ではなく、 否定の意味の「〜の(な)もんか」(方言かな?)の意味だと思い、 「門Bが天国の門か」は「門Bが天国でなはい」となり、 「はい」と答えた。 質問の真意を取り違えるのは掟破りではない。 ![]()
ゲーデル
ふふふ、けど、トンチ系というわけじゃありませんよ〜
方言と捉えるとか、どれだけ発想が柔軟なのかと・・・ ![]() 最後の「質問の真意を取り違えるのは掟破りではない。」は、言いえて妙ですね ![]() ここが結構肝なのかもしれません。 ![]() ![]() このケースでは門番はどちらが天国の門か地獄の門かを知らないのではないでしょうか?
そこで、「門Bが天国の門か」の問いに対しては、沈黙でも勘で「はい」と答えても勘で「いいえ」と答えても嘘をついたことにはならない(沈黙以外は極めて不親切かつ無責任極まりないですが)。そして、もしそう聞かれたら、勘で「はい」と答えるつもりであった。そのため、「「門Bが天国の門か」と聞かれたら、あなたは「はい」と答えるか?」について、「はい」と答えた。これは嘘をついたことにはならない。 ------------------ もし門番はどちらが天国の門か地獄の門かを知らないなら、問題文修正前の方がしっくりきますね。「門Aが天国の門か」の問いに対しては、普通は沈黙するでしょうから、「「門Aが天国の門か」と聞かれたら、あなたは「はい」と答えるか?」に対しては、ふつうに「いいえ」と答えると思います。 ------------------ いわゆる正直とうそつきの問題は、「質問する相手が正しい答えを知っていること」が前提でないと成立しないんですよね。 ![]()
ゲーデル
確かに、明記してませんでした
![]() 門番は、どちらの門が天国の門か地獄の門かを知っているとしてお考えください ![]() 一応、一般的な正直と嘘つきの問題 ・門番には「はい」「いいえ」で答える。 ・門番には1回しか質問できない。 ・正直者は常に正直、嘘つきは常に嘘をいう。 ・門番は自分が正直か嘘つきか、また、正解の門がどれか知っている。 を想定して考えています。 ![]() ![]() ![]() その1
ワタシニホンゴヨクワカリマセン。 「Hi!」トイッタダケデ、シツモンニコタエタワケデハアリマセ−ン。 その2 私は間違ったことを言っていましたか? 相手が複雑な質問をするので勘違いしてしまっただけです。 決して嘘をついたわけではありません。 その3 問題が変更され、質問は1回しかされないことになりました。 「「門Bが天国の門か」と聞かれたら、あなたは「はい」と答えるか?」 という質問をされたわけですから、他の質問はされないはずです。 ですから「門Bが天国の門か」という質問をされることはありえません。 ありえない質問に対してなんと答えようと正しいことになりますから、 私はこの質問に対して「はい」と答えると考えました。 よって、「「門Bが天国の門か」と聞かれたら、あなたは「はい」と答えるか?」 に対する答えは「はい」で間違いありません。 ![]()
ゲーデル
ついに正解が出ました
![]() その3.が一応用意しておいた答えです ![]() 修正前に用意していた答えは、 「他の質問をされて、それに対して何かを答えることはあり得ないので、 「はい」という答えをしない、という意味で「いいえ」と答えました。」 という展開です。(わかりにくいかも ![]() ただ、その3.の答えにある展開が正式ですので、修正した、ということです ![]() 個人的にはその1.が大正解かと思って・・・ ![]() ![]() ![]() 正解(No.8のその3.)が出ましたので、一応、用意しておいた解答を発表します。
私は、次のように村長に答えた。 ------------------------------- 村長、聞いてください。 「P→Q」(PならばQ)という命題で、 Pが偽の時、Qの真・偽に関わらず、P→Qは真です。・・・@ これは村長に習ったことなのです。 命題P:「門Bが天国の門か」と聞かれる 命題Q:「はい」と答える とした時、私は、「P→Q」が真か偽か、と質問されたと判断しました。 私は、人間に『「P→Q」は真か偽か』、つまり、 「「門Bが天国の門か」と聞かれたら、あなたは「はい」と答えるか?」 と聞かれた瞬間、門番の掟3から、これ以上、 別の質問をされることはないことがわかりました。 実際、私は、1回しか質問されていません。 つまり、命題Pは、未来永劫「偽」であることがわかりました。 ということは、@により、命題「P→Q」は、真です。 私は、真か偽かがハッキリわかっていることを質問されたので、 門番の掟2に従って、沈黙せず、質問に答えました。 更に、門番の掟1に従って、命題「P→Q」は真である、という意味で 正直に「はい」と答えました。 村長、私は掟を一切破ってはおりません。 ------------------------------- 村長は、「確かにお前は掟を破っていないようだな。なら良し。」 と言って、笑って帰って行きました。 かくして、私は無事門番の任を終えたのです。 追記: この「私」は、やはり死刑だったみたいです ![]() >命題P:「門Bが天国の門か」と聞かれる >命題Q:「はい」と答える >とした時、私は、「P→Q」が真か偽か、と質問されたと判断しました。 の部分がそもそも誤りで、正確には>>34(後で訂正されるかもしれませんが)のように 受け取るべきです。 ですから、「いいえ」と答えないと、ダメなのかも?。 詳しくは>>34以降のレスとコメントを参照ください。 ![]() ![]() ![]() 私は、村長ほど賢くないので分からないのですが、
実際に聞かれることがあるかどうかではなく、 聞かれたらどう答えるかを聞いているのに、 聞かれる事が無いからってとこで、話を展開するのは良いのでしょうか? (聞かれたら、門Bは天国の門では無いと知っているから「いいえ」と答える。 「いいえ」と答えるのだから、「はい」と答えるかの問いに「はい」と答えれば嘘になる。 (この場合、聞かれる事の無いことが聞かれたらなので、 その状況においても、掟を厳守しなければいけないかは不明ですが・・・)) ![]()
ゲーデル
そのあたりが私も難しいところだと思うんですよね
![]() 私は、次のようにこの問題を考えています。 人間が質問した「〜と聞かれたら、〜」という質問は、 いわゆる、自然言語(日常用語)で使うところの「ならば」を使っていると思うんです。 ![]() それを、正直村の人が、論理用語で使うところの「ならば」で解釈したからこんなことが起きているのではないかと思います。 一般に、自然言語で使う「ならば」は、偽だとわかっていることを仮定に置くことはほとんどありません。 (例外:宝くじ買ってないのに、「1億円当たったら〜」とか、子供に「パパがサンタクロースだったらどうする?」とか) ところが、論理学的には、例えば「「1+1=3」ならば、神様は存在する。」 等という、明らかに「偽」なことを仮定した推論が普通に行われます。 ![]() そのあたりで、意味上のギャップが出来るのではないかと思うわけです。 ![]() あと、「1回しか質問できない」という仮定は、正直嘘つき問題で良く使われる仮定ですが、日常生活的には、あり得ない話ですので、実は相当強い制限だということがわかります。 (この問題では、門番自体が1回しか質問されない」という、すごく強い意味で解釈しています。つまり、質問出来る人間が沢山いても、門番に対しては全ての人間を合わせて1回しか質問できない) それを逆手にとって、日常生活ではあり得ない結論が出てきて、これもまた意味上のギャップになっているのではないかと思います。 もちろん、私の感想ですので、違う可能性は高いです ![]() ![]() ![]() 正直村の住民だからといって正直者とは限らない。
つまり、正直村に迷い込んだ嘘つきかもしれないし、正直村という名前の単なる村かもしれない。 だとすれば、殺される理由はない。 ![]()
ゲーデル
問題文に、「あなたは正直村の住人である。つまり、(あなたが)嘘をついたら、村の掟により、即死刑になる。」とありますので、
正直者という前提でお願いします。 ![]() 正直村に迷い込む嘘つき、とかいうシチュエーションは好きですけどね(ぇ ![]() ![]() ![]() 問題提起として出したものなので、私なりにこの問題をまとめようと思います。
![]() 『「門Aが天国の門か」と聞かれたら、あなたは「はい」と答えるか?』 みたいな質問には、次のような問題点があると思います。 1.実は結構複雑な質問である。 この質問でうまくいくことの説明として、 「門Aが天国の門か」と、「「はい」と答えるか」という2点に絞って、 4つのケースを考察して、解説されることが多いのですが、 そこまで単純な文章ではありません。 2.「〜と聞かれる」ことを真として考えている。 自然言語(通常使う言葉)では、人に「Aなら、B?」と尋ねる時、 Aが真であることを前提として尋ねます。 ところが、論理学的には、「AならばB」の真偽を問われているか、 Aを前提として、Bの真偽を問われている、と捉えられます。 Aが真の場合は、どちらの場合もうまくいくのですが、 Aが偽の場合は、どちらの場合もうまくいきません。 また、Aを真とすると、問題が起こることがあります。(3参照) 3.質問の回数と質問する人が限られる場合、問題が起こることがある。 例えば質問出来る回数が1回、質問出来る人も1人の場合、 論理的に、「門Aが天国の門か」と聞かれないことが導き出されます。 すると、この質問ではうまくいかないことになります。(2参照) 質問出来る人が何人もいても、門番が質問される回数が限られていれば、 やはり問題が起こります。 4.自然言語的に捉えられた場合にも、問題が起こる。 自然言語的に質問を捉えられた場合、 「まだ聞かれてないことなので、わからない」とされても仕方ない気がします。 つまり、この問題では、沈黙されても文句が言えない気がします。 以上の4つの問題点から、 私は、この質問を使った「答え」は、かなり不適切な気がします。 ![]() どうでしょうか? ![]() 追記: この説明の2.の部分には誤りがあります。 >論理学的には、「AならばB」の真偽を問われているか、 >Aを前提として、Bの真偽を問われている、と捉えられます。 これが、そうとは限らない、ということです。 実際、良くある質問は、「A→B」と言うところに問題の本質がある わけではないように思います。詳しくは>>34を参照ください。 ただ、「〜と聞かれる」ことを真として考えていることには やはり問題があり、正直者でも常に「いいえ」等と答える可能性があり、危険です。 ![]() ![]() ググっていたら見つけた解答。出題者本人さんかもしれませんが、その
解答を引用します。 >「貴方が正直村出身である」か、「右の道が天国に通じる」のか、 どちらか一方のみが真であるか? ![]()
ゲーデル
そうそう
![]() 『「あなたが正直村の住人である」か、「門Aが天国の門である」か、 どちらか一方のみが真であるか?』 という質問で、大丈夫だと思います。 ![]() 同じような質問で、 『「あなたが正直村の住人であり、かつ、門Aが天国の門である」 または、 「あなたが嘘つき村の住人であり、かつ、門Bが天国の門である」か?』 というものもあります。この解答は、よく見かけますね ![]() ![]() ![]() はじめまして。
よろしくお願いします ![]() おもしろい問題提起ありがとうございます。 私は村長やゲーデルさんみたいにはなれそうにありませんが… 拝見してなるほどと唸ったので拙い感想を述べさせてください。 まず個人的な考えとしては、No.10のメガネ好きさんの疑問を同じように感じました。 (聞かれたらどう答えるかを聞いているのに、聞かれる事が無いから・・と判断すること) P→Qを考える際次の質問がありえないからと読んでPを偽とすることがどうなのか。(日常的に、論理的に) しかし、私は論理学に詳しくないため一般人が感じた意見で申し訳ないのですが、 No.12の2で述べられている >ところが、論理学的には、「AならばB」の真偽を問われているか、 >Aを前提として、Bの真偽を問われている、と捉えられます。 を考えると論理的には正しいのかもしれません。 ![]() 次の視点ですが、 実はこの手の問題を、私は大学の論理学の講義で受けたことがあります。 その時には「Aなら、B?」のAが真である前提で話が進んでいました。 私もこれといって疑問を持たなかったのですが、 友人に出題を繰り返すうちに、No.12で言及されている4を感じるようになりました。 (友人からもそういう答えが返ってきたことがあります) 要は、「聞かれたら」であって「聞かれていないから」どちらでもよい。ということですね。 これについて、私個人としては、失礼ながら「ひねくれた答え」的に捉えていました。「聞かれた」(A)という前提で頭の中で考えていたからでしょうか。 ただ、日常的にはそこで「(答えを知っていることなのに)聞かれていないからわからない」と答える可能性は低いと感じます。 正しいかどうかはわかりません ![]() おっしゃるとおり、 『「門Aが天国の門か」と聞かれたら、あなたは「はい」と答えるか?』 という文には分かりにくさ(複雑さ?)を私も感じます。 ただ「〜と聞かれたら、」の部分は、「〜なら」=ifのことだと私は思っています。 (もしこう聞かれたら、どう答える?)という状況仮定的に答えてほしい部分を「実際に聞かれない」からと決めて、全体を判断してよいものかどうか・・・そこがギャップを感じるところではありますが・・・ という疑問などみじんも感じずクイズとして紹介している(しかも最も古い問題) 私の浅はかさを反省します ![]() ![]()
ゲーデル
はじめまして。こちらこそよろしくお願いします。
![]() それと、先にお詫びを・・・。長文連発ですみません ![]() 私も別に論理学の専門家ではありませんので、このような感想の中で、 どう考えればいいかを導き出せればいいな、と考えてます。(だから問題提起なんです ![]() >P→Qを考える際次の質問がありえないからと読んでPを偽とすることがどうなのか。 結論から言いますと、古典論理の中では正しいが、日常では疑問が出て当然だと思います。 >>10のメガネ好きさんやタイルコさんが感じていますように、 私も、自然に納得いくことではない、微妙な問題と考えています。 ![]() といいますのも、この部分は、意味的にギャップがあるとする人が多いからです。 実際、論理包含(implies)を「断言」的関係、条件文(if〜then〜)を「予想」的関係だとして、厳密に区別している論理学者もいるらしいのです。 あくまで、「〜なら、どうする?」みたいな話は、「予想」的関係であり、 〜の真偽が決まっている必要はない、とする考え方なのだろう、と勝手に想像しています。 ![]() ただ、このような正直者、嘘つきの問題では、「古典論理」の範疇で考えるのが一般的だと思います。 (つまり、矛盾を許容せず、あらゆる命題が真偽の2値をとる、一階述語論理のことです。一般的に「論理学」と言う場合、この意味の「古典論理」を指します。) この古典論理の中では、やはり「AならB」というのは「A→B」か、 「Aを前提としてB」と解釈するしか方法がありません。 ![]() しかも前件であるAは、真偽が定まっている命題でないと、意味がなくなるわけです。 まとめますと、自然言語を「古典論理」で解釈する時に、意味上のギャップが出来ている、と考えるべきかと思います。 >日常的にはそこで「(答えを知っていることなのに)聞かれていないからわからない」と >答える可能性は低いと感じます。 すみません。>>12の文章が少し悪かったみたいです。 ![]() 正確には、「その質問を実際にされるかどうかわからないので、答えようがない」です。 まぁ、これでもタイルコさんの仰る通りで、私も、答えを知っている質問なのに、このように答える可能性は低いと思います。 ただ、その原因をよく考えますと、『「質問する人が存在すること」が自明だから』 という理由に行きつくと思います。 つまり、「質問する人が存在すること」は、あまりに当たり前なことなので、 「答えようがない」と答える可能性は大変低いと思いますが、 「あの屋敷で、お化けが出たんだって ![]() 「どうするといわれても・・・」と答える可能性は十分あると思います。 >『「門Aが天国の門か」と聞かれたら、あなたは「はい」と答えるか?』 >という文には分かりにくさ(複雑さ?)を私も感じます。 複雑さについてですが、実は「答える」という部分が一番厄介です。 ![]() 『「A」と言う質問に、「B」と答える』・・・@ という文章において、「答える」という言葉は、少なくともA(質問された内容)に 依存していますので、関数でF(A)と表していいかと思われます。 従って、単純に@を『F(A) = B』と表せばいいのではないか、と思えるわけです。 ![]() しかし、当然ながら、質問をされないと、答えられないわけで、 『「A」という質問をする人が存在する』ことが前提となっています。・・・A もし、自然言語を古典論理で表現しようとするならば、「答える」という言葉は、 「A」という質問をする人が存在することが証明されていなければ、 使用してはいけません。(*語弊があるかもしれません ![]() このAをどう考えるかで、微妙なんですよね。 普通は、Aが真であることは自明なこととして考えます。 (だって、普通に考えれば、質問できないはずがありませんから。) ただし、『1回しか質問できない』、などといった前提の話をする時には、 Aは必ずしも自明ではありません。そこが問題だと思うんですよね。 ![]() あと、入れ子構造の質問をする以上、「質問」の定義をどうするか、という問題もあります。 ![]() これについては大した問題ではありませんが、何の解説なしに使用するのは、 ためらわれるのではないかと思います。 ![]() ![]() 門番は人生で一回だけしか質問されないのでしょうか?
一人につき一回だったら、次に通りかかった人がうっかり「門Bが天国の門ですか?」って聞いた時は「はい」と答えなきゃ嘘つきになりますよね。 あと、>>13みたいに質問するには、門番が「正直村の出身であり嘘をつくと死刑になる」と言う前提を 通りがかりの人が知っている必要があるのではないでしょうか? (正直者ではなく、ただの気まぐれなオッサンかもしれないし) ![]()
ゲーデル
この問題では、「門番として、人間からは1回しか質問されない。」というつもりでした。つまり、人間一人に対して、一人の門番が「正直村か、嘘つき村から選ばれる」というつもりの問題でした。
(そうでないと、2人以上人間がいた場合、簡単に当てられちゃいますからね! ![]() >あと、>>13みたいに質問するには、門番が「正直村の出身であり >嘘をつくと死刑になる」と言う前提を通りがかりの人が知っている >必要があるのではないでしょうか? その通りです。人間が、「門番は正直村か嘘つき村の住人のどちらかである」 ことを知っていたことが前提なら、うまくいく質問です。 ![]() ![]() ![]() あっ!村長に呼ばれて質問された事に対して
「はい」「いいえ」以外で答えてる! 掟を二つも破ってるから即死刑 ![]() ↓じゃ、通りがかりの人も「答えなさい」って言えばいいのかも。 ![]()
ゲーデル
ナイス突っ込みです
![]() 「門番の掟は、人間から質問を求められた時に守るべき掟」としてお考えください ![]() (正直村の住人は人間ではないのです! ![]() ![]()
ゲーデル
フォローありがとうございます
![]() 私も、出題した時は、「命令だから、いいはず」と思ってたんです ![]() ただ、思い直して、↑のように考えることにしました。 ![]() ![]() ![]() No.8のその3は、恐らくこれが用意された解答だろうと思っただけで、
正しいとは思っていません。 現実にはありえないことを仮定して質問するのはよくあることです。 『もし「門Bが天国の門か」と聞いていたならば、あなたは「はい」と答えましたか?』 と聞いた場合はどうなりますか? 「門Bが天国の門か」とは聞かれていませんから、、 ゲーデルさんの論法によると、この場合も答えは「はい」となるはずですが、 おかしいですよね。 それだと仮定法による質問が一切できなくなってしまいます。 P→Qというのは論理学上の特殊な記述であって、 こういうところに適用すべきではないと思います。 >自然言語的に質問を捉えられた場合、 >「まだ聞かれてないことなので、わからない」とされても仕方ない気がします。 通常は「はい」か「いいえ」で答えるという問題になっているはずです。 どちらの回答になるのかは、問題文に書いてある条件から論理的に決まると思われます。 というわけで、あの有名な問題の答えは問題ないと思います。 (必要な条件が明記されていれば) 私はこの問題の掟の方が問題があると思います。 掟3「門番は1回だけしか質問されない」を守るためには、 質問を1回受けた時点で門番をやめたり逃げたりしないといけません。 つまり、門番の任を無事勤めることはできないのです。 ![]()
ゲーデル
ご意見ありがとうございます
![]() >『もし「門Bが天国の門か」と聞いていたならば、あなたは「はい」と答えましたか?』 >と聞いた場合はどうなりますか? >「門Bが天国の門か」とは聞かれていませんから、、 >ゲーデルさんの論法によると、この場合も答えは「はい」となるはずですが、 >おかしいですよね。 「聞いていた」というのが「質問される」という意味なのであれば、 いはらさんの指摘通り、わたしは、「はい」になってもおかしくないと思っています。 「聞いていた」というのが「質問される」という意味でないのであれば、 質問の『「はい」と答えましたか?』という部分が少しおかしいと思います。 >それだと仮定法による質問が一切できなくなってしまいます。 一切できなくなるわけではありません。 「P→Q」は、「¬P∨Q」の置き換えとされますので、「¬P∨Q」の形に変形して、 何かおかしい場合は止めて、おかしくないのであれば、使ってよいと思います。 例えば、「「あなたが正直者でない」または「門Aが天国の門」」は理解できますので、 『「あなたが正直者である」なら、「門Aは天国の門」ですか?』 という質問はできるわけです。 通常の話であれば、「〜なら、〜」というのは、前件の部分が真であるとして考えることはごく一般的な話ですが、こと「正直村と嘘つき村」のような、論理問題において、 「〜なら、〜」という質問をするのは、止めておくべきかと思います。 >というわけで、あの有名な問題の答えは問題ないと思います。 >(必要な条件が明記されていれば) 私も、大抵の場合、「質問できる回数と人数が限られてはいないので」問題ないと考えています。 実際、今までもこの質問でうまく通じているわけですので、問題点は少ないのだと思います。 今までの解答が全て間違っている、というわけではなくて、 模範解答としては、少し疑問が残る(特に別解がある場合)、程度のお話と考えてください。 >掟の方に問題があると思います。 たしかに、「質問されない」というのは、掟ではないですね。 ![]() むしろ前提、というべきものかと思います。 ![]() (私は、質問する側が自分一人で、1回しかできず、それを質問される側が 知っているケースを考えていたのです。) ![]() ![]() 『「あなたが正直者である」なら、「門Aは天国の門」ですか?』
と言う質問はおかしくないですか? 門番が選ばれる前から天国の門は決まっているんじゃないですか? 天国の門はAに固定されてないんですか。 本題から逸れている気はしますけど何か変な感じ ![]() ![]()
ゲーデル
日常用語の「AならばB」は、AとBに何らかの因果関係が存在することを
ほとんどの場合想定するので、 『「あなたが正直者である」なら、「門Aは天国の門」ですか?』のような 因果関係が微塵も感じられない質問はかなり奇妙に思えますよね ![]() 『もしあなたが正直者だというのであれば、門Aが天国の門だ!と断言できますか?』 とかすれば、少しは親しみやすい質問になるかと ![]() ![]() ![]() ↑う〜ん
![]() >>13で書かれたかたちの質問なら、何となくわかる気がします。 村長「では私から質問しよう。門Bが天国の門か?」 門番「はい」 村長「死刑!」 もし、この門番が村長または正直村の住民からこのように聞かれたら 「はい」「いいえ」どちらでも嘘つきになりますね ![]() 人間の質問は一回限り、正直村の住民は回数制限なしですし 嘘つきは死刑、と言う掟が対人間だけに適用とも書いていません。 ↓そうですね ![]() ちょっと話が逸れていますね。 しかし、人間の質問には「私が〜」とは書いてないので、 未来永劫に『門Bが天国の門か』と質問される事はない、っていうのは違う気がします。 で、本来こういった論理系クイズは回答しないのですが、 あえて連レスしたのは、問題の条件が出題時に明確になってなかったからです。 問題提起された「よくあるこの手のクイズ」では、門番は一人しか相手しないと言うオプションはなかったような…… ![]() さらに追記 「門Bが天国の門か?」と村人に聞かれ「いいえ」と答えたら、人間に対して嘘をついた事になるのでは? 人間と会話した時点では嘘ではなかったかもしれませんが 用意された解答の中で未来永劫……と表現されていますから 門番は未来の事も考慮して返事した事になるような気がします。 で、人間は「私に……と聞かれたら」とは言っていない。 そこらへんがひっかかるのです。 「暗黙のルール」が門番に都合のいいように後づけされるのはどうかな……と。 ![]()
ゲーデル
うーん、本題からどんどんズレて行ってる気が
![]() 村長や正直村の住民から「門Bが天国の門か?」ときかれれば、 正直に「いいえ」と答えるのでは? 門Bが天国の門でないことを門番は知っているわけですから。 追記: 確かに、門番は一人しか相手しない、という前提は書いていませんでした。 門番の掟3.で「一回しか質問されない」というので代用した形です。 ![]() 「良くあるこの手のクイズ」では、質問する側にたって、 「1回しか質問できない」という形で書かれることが多いですよね。 その場合、門番に質問できる人が何人もいる、という前提をした場合、 協力し合えば実質何回も質問できるわけで、この手の問題は 全て、一人当たり1回の質問で簡単に解けてしまいます。 ![]() 確かその手の解答(もう一人人間か来るのを待つ、等)も過去あったはずです。 その解答を正解にしたくないのであれば、 1.「質問出来る人はあなた一人だけ」 2.「門番が質問される回数が1回」 3.「門番は人間に1回質問されたら、仕事を終え、新たに門番が選ばれる。」 などといった制限をつけるしかありません。 ![]() もし、何人も同じ門番に質問できることを前提とした問題であるのなら、 この手の問題は「人が来るのをまてば、1回の質問でできる」が 常に正解になるので、クイズにならないと思うんです。 ですから、暗黙的ではありますが、「門番は一人しか質問を受け付けない」 というオプションは皆認めている所だと思います。 ![]() 更に追記: 今回の問題に限定して話していたのですね。 ![]() 人間が『「「門Bが天国の門か」と聞かれたら、あなたは「はい」と答えるか?』 と尋ね、門番が「はい」と答え、更に、村長が 『門Bが天国の門か?』と質問した場合、という話であれば、 門番の掟3「門番は、1回の質問しか質問されない。」に反する話になります。 つまり、問題文の前提に矛盾が含まれます。 問題文に矛盾が含まれないようにするには、 村長が門番に質問してはいけないことになります。 (*1)掟3は、掟というよりは、>>18のいはらさんへの私のコメントにあるように、前提として考えてください。(門番が守るべき掟ではなく、門番に接する人たちが守るべき掟ですよね。) ですから、問題文の前提のみを真として考えますと、村長が質問するといった事態は起こりえません。 ![]() 起りえないことを論じても、仕方のないことです。 例えば、この問題ではなくて、一般の正直者、嘘つきの問題で、 もし正直村の人が嘘をついたらどうするんだ!といわれても、 そんなことは問題の前提ではあり得ないとしているので、 何とも答えようのないことです。 (この問題では「死刑」としましたが、普通は前提として嘘をつかないことになっています。) 今回私が出したクイズは、質問A「〜と質問されたら、「はい」とこたえますか?」という答え方への問題提起が本題です。 今回のクイズは、問題提起のためにパッと作った、少しいい加減なものですので、厳密に考えていくと、色々おかしなことがあるかもしれません ![]() ![]() ![]() 質問回数の制限は関係ないような気がします。
門番は正直村の住人でしょ。将来、どんな質問が有るか無いか考えずに、 「正しいことを聞かれたら『はい』と答える。」 「間違っていることを聞かれたら『いいえ』と答える。」 …という村の掟を守ろうとするでしょう。 さて、「〜ならば、あなたは『はい』と答えますか?」という質問について。 Pが偽のとき、Qの真・偽に関わらず「P→Q」は真であるので、 P:「三角形は四角形より大きい」 Q:「私は『はい』と答える」…とすれば、 「三角形が四角形より大きいならば、私は『はい』と答える」は真です。 では、「三角形が四角形より大きいならば、あなたは『はい』と答えますか?」 という質問に…、何と答えればよいのか?(はい、いいえで答えられるのか?) 「『三角形が四角形より大きいならば、あなたは「はい」と答える』は正しいか?」 …と質問すれば、答えは「はい(正しい)」ですネ。 No.9の解答は、命の危機にさらされた門番が村長に対して、 「「門Bが天国の門か」と聞かれたら、あなたは「はい」と答えるか?」という質問を 「『「門Bが天国の門か」と聞かれたら、あなたは「はい」と答える』は正しいか?」と 誤解させ、危機を逃れることができたという、極めて論理的に見える説明(作戦)かな。 ところで、掟を破っていないことの説明として、こんなボケ回答はどうでしょう。 村長「…事の真相を説明しなさい。」 門番「村の掟は有無を言わさず『即死の刑』。今まだ私が生きていることが無実の証明」 ![]()
ゲーデル
うーん、今回のクイズの問題文の質の悪さが、逆に、SANさんを混乱させているのかもしれません
![]() 次のような問題が言いたかったのだとお考えください。 ------------------------------------------- 門番が一人いて、その門番は常に真実をいうか、常に嘘をつく。 その門番には、1回しか質問してはならないし、 その門番は、あなたからの質門にしか答えることはない。 門はS門、T門の2つあって、どちらか一方のみが天国の門であり、 門番は、どちらの門が天国の門であるか、知っている。 門番は、「はい」「いいえ」しか答えられない。 以上の前提(常に真)を、あなたと門番は知っている。 あなたが「「S門が天国の門ですか?」という質問をされると、「はい」と答えるか?」 と質問したところ、門番は「はい」と答えたので、 あなたはS門に行った。しかし、S門は地獄だった。 では問題です。実は、門番は常に真実を言う神様でした。 この話の中には、矛盾が含まれないことを示してください。 -------------------------------------------- さて、三角形、四角形の話ですが、命題P「三角形は四角形より大きい」は、「偽」なのでしょうか?私には、具体的な三角形、四角形が示されているわけでもないので、真・偽が決定されていない変な質問文に思えます。 ![]() 「P→Q」が真か偽か、という質問に対しては、答えようがないと思います。 仮に、具体的な三角形、四角形が示されていて、命題Pが偽であるのであれば、「P→Q」が真か偽か、という質問に対しては、「はい」と答えるのではないでしょうか? >誤解させ、危機を逃れることができたという、極めて論理的に見える説明(作戦)かな。 違います。誤解でもなんでもありません。 正直者・嘘つきの話で、「正直」に答える、というのは、真である事実に、「はい」と答え、偽である事実に「いいえ」と答えることです。 逆に、「嘘つき」というのは、真である事実に「いいえ」と答え、偽である事実に「はい」と答えることです。 問題によっては、例外的な設定をすることもありますが、ほぼ全て、この設定です。 >今まだ私が生きていることが無実の証明 なんかカッコイイ気がする ![]() ![]()
ゲーデル
>ありえない事を質問されたら何と答えても正しいのですか?
日常会話でも、よくそういうことがされています。 例: 『もし1億円当たったら、あなたに全部あげる!』 とか言っても、1億円当たらないのであれば、嘘をついたことになりません。 つまり、本当のことを言ったことになります。 ![]() (嘘か本当か、の2値で論じれば、って話ですけど) >日常会話と論理学の違いですかね そういうことだと思っていいです ![]() 起りえない事を前提に話しても、何とでもいえるから、不毛です。 っていう意味の日常会話の回答です。 ![]() ![]() ![]() 私の考えが正しいかどうか、私には分かりませんが、
No.21は私の分かりにくい表現のため、伝わっていないような気がします。 三角形と四角形の話は、具体的な大きさが示されてないので、 多数の例外(反例)がある。すなわち、ツッコミどころのない「偽」である …と考えたものですが、悪い例でした。 これ(「三角形は四角形より大きい」の真偽)について論じることは、 本スレの「問題提起」の趣旨から大きくはずれてしまうと思いますので、 忘れてください。ゴメンなさいですぅ。 …というわけで、レスNo.21のP「三角形は四角形より大きい」を P「生まれたばかりの赤ちゃんから『あなたが父親ですか』と聞かれた。」 に訂正して、再投稿です。 ただし、ここでは「赤ちゃん」が言葉をしゃべることはありえないものとします。 「目で語りかける」とか「しゃべれるようになったら」などのツッコミはナシで、 命題Pは偽であることを疑いのないものと考えてください。 (ついでに、Qの「私は…」をQ「あなたは『はい』と答える」に訂正します。) Pが偽なので、「Pならば、あなたは『はい』と答える。」は真。 そして「『Pならば、あなたは「はい」と答える。』は真ですか?」の答えは「はい」。 ところが、「Pならば、あなたは『はい』と答えますか?」という質問は…、 「赤ちゃんから『あなたが父親ですか?』と聞かれたら、どう答えるか?」 という質問でしょう。 「赤ちゃんから聞かれる」ことがありえないからといって、この質問に対して、 他人の子で、(Pが偽であるというだけで)「はい」と答えることはできません。 私の考えをまとめると(…というか、最初から変な例を出さない方が良かったか…)、 No.21で伝えたかったのは、「P(仮定)→Q(結論)」の結論を疑問形に変えても、 その質問文っぽい文章は「『P→Q』の真偽を問う質問」にはならないこともある。 場合によっては、答えようが無い質問になることもある…ということ。 そして、こちら(No.23)で述べたのは、先に他の皆様のレスにあるのと同じ。 「〜と聞かれたならば、あなたは『はい』と答えますか?」という質問は、 P「赤ちゃんから『あなたが父親ですか』と聞かれる」ことがありえなくても、 仮定の話で「もし『〜』と聞かれたら、どう答えるか」を問う普通の質問であって、 「〜と聞かれたならば、あなたは『はい』と答える」の真偽を問う質問ではない…、 (「『…「はい」と答える』は正しいか?」のような問い方が真偽を問う質問でしょ。) あ…まとめるつもりが、まとまらず長々と…ゴメンナサイですぅ。 結局、一言(ちょっと長い一言)で申し上げると…、 「「門Bが天国の門か」と聞かれたら、あなたは「はい」と答えるか?」という質問は、 「P→Q」の真偽を問う質問(「『…「はい」と答える』は正しいか?」)ではないのに、 門番の「私は、「P→Q」が真か偽か、と質問されたと判断し…」(レスNo.9)が間違い。 そして、同じ誤解をした人が他にもいた…というのが私の考えです。ダダダッ…(逃) ![]()
ゲーデル
だ、ダダダって・・・
![]() ![]() --------------------------------------------- P「生まれたばかりの赤ちゃんから『あなたが父親ですか』と聞かれた。」 Q「あなたは『はい』と答える」 で、P:偽 の時、P→Qは真 まではいいとして、 質問文A「『Pならば、あなたは「はい」と答える。』は真ですか?」 質問文B「Pならば、あなたは『はい』と答えますか?」 とすると、質問文Aと質問文Bは意味上の違いがある。 一般に、 命題「P→Q」があった時、Qの部分の最後を疑問文っぽくしたとしても、 それは @「P→Q」の真偽を問う質問になる場合と、 A 〜と聞かれたら、どう答えるかを問う普通の質問 があって、質問文Aは@であって、Aではない。 同様に、「「門Bが天国の門か」と聞かれたら、あなたは「はい」と答えるか?」 という質問は、Aのパターンであって、これを門番が@のように解釈したのが そもそもの間違いではないか。 --------------------------------------------- ということと理解しました。 私は、@が論理学的に捉えられた場合で、Aを自然言語でよくある捉え方の一つ、 だと解釈しています。 ![]() >>14 のタイルコさんへの私のコメント中に書いてあるのですが、 @を論理包含(implies)を「断言」的関係、 Aを条件文(if〜then〜)を「予想」的関係、 というのではないか、と個人的に思っています。 (この辺り全く詳しくないので、間違っている可能性の方が高いです。 ![]() 個人的にはAは、「前件の実際の真偽を問わず、仮想的に前件を真であるものとする考え方」とでも言えば考えればいいのかな、と思っています。(詳しい人がいれば教えてほしいです) ただ、それはそれとして、古典論理の範囲で考える限り、命題「P→Q」の最後の部分を疑問文っぽくした質問文は、やはり@のような捉え方しかないように思えますので、このような「論理問題」では、自然言語でのAの解釈を必要とする質問文を出すのは、少々問題があるのではないか、ということだったのです。 ![]() *一つ気になったのですが、「〜と聞かれたら、どう答えるか?」という表現は、少し不適切な気がします。どう答えるか?、と言われると、「What」で聞いているように聞こえますが、「はい」か「いいえ」で答えさせる問題としては、「Which」で答えさせる質問であるべきかと思います。所謂、「true or false?」「YES or NO?」で答えを迫るような質問であると考えるべきです。 だから、どういう時に「YES」なのか、どういう時に「NO」なのか、質問する側がハッキリとしている必要があります。 ![]() ![]() >もし、何人も同じ門番に質問できることを前提とした問題であるのなら、
>この手の問題は「人が来るのをまてば、1回の質問でできる」が >常に正解になるので、クイズにならないと思うんです。 >ですから、暗黙的ではありますが、「門番は一人しか質問を受け付けない」 >というオプションは皆認めている所だと思います。 私は認めていないですよ ![]() それだと、その人以外は門番に質問することができないことになります。 どうしてその人だけ特別扱いされないといけないのでしょう。 すべての人に公平なルールになっていると考えるほうが自然だと思います。 問題文が「どうすればいいでしょう」となっていたら、 人が来るのを待って協力し合う、というのも正解にするべきでしょう。 問題文が「どんな質問をすればいいでしょう」となっていたら、 その答えは認められないでしょう。 「P→Q」の定義は「¬P∨Q」ということで、自然言語の「ならば」とは似て非なるものです。 似た意味になるように定義されたためにかえって誤解を招いていると思います。 何が違うのかと考えてみると、 自然言語の場合は、前提と矛盾する情報は無視しますが、 「P→Q」の場合は無視しないところが違いかと思われます。 「もしあなたが蛙だったら、あなたは哺乳類ですか?」 という質問を人間にする場合を考えてみましょう。 この質問に対する答えは、普通は「いいえ」とか「違います」のような否定語になるはずです。 その人が人間であるという事実は無視して答えることが期待されているのです。 「P→Q」は「Pが真であるという前提からQが真であるという結論を論理的に導くことができる」 という解釈になると思います。 ・Pが真の場合、「P→Q」とQは同値です。 ・Pが真でない場合、 Pが真であるという前提と組み合わせると矛盾します。 矛盾を含む公理系では任意の命題が証明できますのでQは真となります。 2つを合わせると、「P→Q」は「¬P∨Q」と同値ということになります。 --- ↓ え〜と。ボムボムさんが最終的に何を言いたいのかよく分からないのですが ![]() ゲーデルさんの問題提起に対してどっちの立場なのでしょうか。 ![]()
ゲーデル
全ての人に公平なルールになっている、と考えるのも一つの自然な考え方かとは
思いますが、この手の正直村・嘘つき村の問題の万能の答えである 「人が来るのを待てば、1回の質問で必ずどれが天国の門か決定できる。」 というのを、万能な正解として認める、ということでしょうか? ![]() 仮に認める場合には、 問題文が「どんな質問をすればいいでしょう」でも、 「人が来るのを待って、私は「〜」と言う質問を、 2人目の人は「〜」と言う質問をすればよい。」 という答えになりますので、完璧な正解として認めざるを得ないことになります。 ![]() >「P→Q」の定義は「¬P∨Q」ということで、自然言語の「ならば」とは >似て非なるものです。 >似た意味になるように定義されたためにかえって誤解を招いていると思います。 >>10のコメ,>>12,>>14のコメ,>>23のコメ、等をご覧になればわかるように、 私も、いはらさんの仰る通り、論理学でいう「P→Q」と、 自然言語の「PならばQ」には意味上のギャップが存在すると考えています。 (つまり、似て非なるものです。) ただ、論理学でいう「P→Q」が、自然言語の「PならばQ」のモデルである以上、 やはり似ている部分が多いわけです。 >>24の最後の部分でいはらさんが仰っているように、 つまり、Pが真である時は、論理学の「P→Q」の真偽と、自然言語の「PならばQ」 の真偽、は意味上においても、ほぼ一致します。 Pが偽の時「P→Q」を論理学で真とするのは、意味的に一致するから、 というよりは、むしろ「命題は、その対偶と真偽が一致した方が都合良い」 という論理上の要請によるものだと思います。 ![]() >「もしあなたが蛙だったら、あなたは哺乳類ですか?」 >という質問を人間にする場合を考えてみましょう。 「もしあなたが蛙だったら、あなたは哺乳類ですか?」…@と言う答えには、 多くの『人間』は「いいえ」と答えることは全くその通りだと思います。 ![]() (なぜ「蛙は哺乳類か?」という質問じゃないのか、と少し疑問に思う人はいる でしょうが。 ![]() しかし、多くの人は「蛙→哺乳類」の真偽を問う質問だと思い、 その事実が偽であるから、「いいえ」と答えるのです。 同じ人に続けて、なぜ「いいえ」と答えたかを聞くと、間違いなく 「蛙は哺乳類じゃないから」と答えることでしょう。 質問の文章を少し変えて、次のような質問をすると、 ほとんどの人が「いいえ」とは答えないと思います。 「あなたは蛙なので、あなたは哺乳類ですよね?」…A 多くの人は、「私は蛙じゃない」と答えるはずです。 もしくは「仮に私が蛙だとすると、私は哺乳類ではないが、そもそも私は蛙じゃない」 と答える人もいると思います。 @とAの違いは、>>23のコメのAと@の違いかと思います。 それはそれとして、一貫して言っていることは、「正直者と嘘つき」の問題で 質問する相手は、明らかに『人間』ではなく、常に正直に、あるいは常に嘘をいう、 『(古典)論理の世界の住人』であることを考慮しなければならないことです。 そういう人たちに、誤解されかねないような、多少問題のある質問文である、という ことが言いたいわけです。 >Pが真でない場合、 >Pが真であるという前提と組み合わせると矛盾します。 >矛盾を含む公理系では任意の命題が証明できますのでQは真となります。 >2つを合わせると、「P→Q」は「¬P∨Q」と同値ということになります。 古典論理は矛盾を『許容しない』論理です。(つまり、P∧¬Pを常に偽とする論理) Pが真でない場合は、排中律よりPは偽であり、「P→Q」が真になるだけであって、 Qは真であっても、偽であってもいいわけです。 P→Qが「¬P∨Q」が同値であるのは、むしろ「P→Q」とその対偶「¬Q→¬P」 が同値であってほしいから、そのようにされているだけです。 ある命題と、その対偶との真偽が一致してほしいのであれば、 「P→Q」と「¬P∨Q」が同じことを言っていることを認めざるを得ません。 ![]() --------------------------------- ちなみに、私の立場は、 @「正直者と嘘つき」の問題は、古典論理を前提にしていると思われる。 A古典論理の範囲で解釈すると、問題が起こる。 B@とAから、古典論理で解釈されると不都合が起きるような質問は できればしない方が良いのではないか。 って感じです。 何も、反事実的条件文を否定するつもりはありません。 ![]() ![]() 「もし◯◯だったら△△」という文は「反事実的条件文」というものにあたるのでは?
ある本には 「反事実的条件文は真理関数的ではない」 との記述がありました。 wikipediaの「David Kellogg Lewis」という人物の項にも、反事実的条件文について少しだけ載っています。 ![]()
ゲーデル
>「反事実的条件文」
まさにその通りですね ![]() ![]() 自然言語でいう「PならばQ」というのは、 1.古典論理でいうところの「PならばQ」 2.可能世界論で言うところの「反事実的条件文」 等の解釈の仕方がある、ってことですよね。(他にもあります) wikipedia によりますと、 「我々が反事実条件文を用いて「もし〜だったとすれば、〜だっただろう」と論じるとき、その主張の真偽は、その前件を満たすような最も現実世界に近い世界において、後件が真かどうかによって決定される。」 ということらしいです。 もちろん、そのような仮想世界の実在性については、色々哲学者が議論してくれて いるのだろうと思います。(私には不毛に思えますが ![]() 私の主張の一つ(>>12の2.3.)は、 『門番が「反事実的条件文」に解釈してくれるかどうか不明(むしろ、否定的)なので、 やらない方がいいよ』って感じにまとめられますかね。(スッキリした ![]() 追記: ↑で1.2.としましたが、誤解されそうなので、一言。 別に「反事実的条件文」が、「古典論理」と相入れない話ではないです ![]() そもそも同じレベルの概念の話ではないです。 「反事実的条件文」は、むしろ「矛盾許容論理」などといった論理に対して、 そんなやり方ではなく、「解釈の仕方をこうすればよい」といった感じで 提案された方法だと思います。 (そういう意味で、古典論理と相性がいいかもしれません) ![]() ![]() 確認不可能な問いに対しては、
どう答えようとも、嘘でも本当でも無いってことでいいでしょうか? (聞かれる事の無い質問にどう答えるかは、推測の域を出ないので、何が正しいかは確定できない。) だとすると、 「門ABが天国の門か」と聞かれたときに 「はい」と答えるかどうかは、はっきりしない(分からない)ので、 門番は沈黙しないといけなかったのでは? ![]()
ゲーデル
あくまでも古典論理の範囲のお話では、
「確認不可能な問い」(?)というのは存在しません。 全ての命題は、真か偽、どちらかに決まっている、ということです。 「明日雨が降れば、傘を持っていく」 という質問を、古典論理の範囲で解釈すると、 P:明日雨が降る Q:傘を持っていく として、P→Q であって、Pは、未来のことなので、わからないのですが、 Pは、真か偽のどちらかに決まっていて、明日雨が実際に降れば「真」 実際に降らなければ「偽」とされます。 未知(わからない)かどうか、で沈黙するかどうか、というのは 問題設定で色々特殊な設定をして変更するだけの話です。 私は、「正直者と嘘つき」の問題では、門番に対して、 未知の質問をしていいかどうかといえば、問題で 特別にその応答が設定されていない限り、進んでやるやり方じゃないと思います。 (まぁ、あくまでクイズですから、時制をうまく使うやり方は、 個人的には大好きなやり方ですが ![]() ![]() ![]() う〜ん
![]() この問題の場合、例えば村長から 「さっき地獄に落ちた人間が、「お前がなんかの規則を破った」と叫んでおった。 もしそれが本当なら、お前は『はい』と答えるか?」 と質問していたら門番は「はい」と答えるのですか? (質問一回ルールは村民間にはないものとして) またしても横道失礼 ![]() ↓「それ(「さっき地獄に落ちた人間が、「お前がなんかの規則を破った」と叫んでおった。事 )」が本当なら、お前は「はい」と答えるか? っていう事です。本題から逸れてますから、参考程度にお聞かせ下さい ![]() で、村長の期待と門番の答えは関係あるのですか? ![]()
ゲーデル
うーん
![]() まず、その質問で、『はい』と答える質問は、何に対してでしょう? つまり、どのような事実が真である場合、「はい」と答えて、 どのような事実が偽である場合、「いいえ」と答えることを 村長は期待して質問しているのでしょうか? ![]() ![]() >いはらさん
遠いですが、今気付きました ![]() 基本的には 「反事実的条件文を使った疑問文を真理関数で表すことができない」 という立場です。 結局この手の問題に対する答えとしてよく言われる 「◯◯と聞かれたら、…と答えるか?」 みたいなので構わない、という考えです ![]() そもそも 「はい or いいえ で答えられる質問」 とは書いていますけど、その質問文を論理式に書き直せるかどうかが疑問です。 反事実的条件文を「P→Q」と書き直せるかどうかというところで、この手の疑問文は書き直せないとする考え方が、上でいうDavid Kellogg Lewisの可能世界論の話につながっていく、ということで上で取り上げました。 「◯◯なら」という文章をすべて「P→Q」のようにすると、例えば 蛙が哺乳類でないことを知ってる人が、「もし蛙が哺乳類だったら…」と展開する文章と 蛙が哺乳類かどうか知らない人が、「蛙が哺乳類なら…」と展開する文章のニュアンスの違いが出ないです。 そういえば門番が「P→Q」と解釈したのであれば、「はい」と答えれば命題Qが真ですから、「P→Q」という命題はPの真偽に関係なく真ですよね。 そういう考え方でいくと、そもそも回数制限は意味がないですよね。 ![]()
ゲーデル
毎回長文ですみません
![]() 誤解を生みやすい話ですので、どうしても長文になってしまいます。 ![]() ボムボムさんは、「正直者と嘘つき」の問題は、 どのような論理の問題として扱うべきだと考えているのでしょうか? 1.古典論理の範囲の推論規則と論理記号(∨、∧、→、¬、=、∀、∃、=、⇔)を 用いて答えるべき問題 2.矛盾を許容する立場(常にP∧¬Pが偽とは限らない)で答えるべき問題 3.真偽以外の値を認める立場(常にP∨¬Pが真とは限らない)で答えるべき問題 4.様相論理や時制論理、反事実的条件文など、 現代的な一解釈を許した論理の範囲で答えるべき問題 私は、答えとして1の範囲で解ける問題であれば、できれば1の範囲で解いた方がよい とする立場です。(つまり、4としての解答を認めないわけではないけども 多少問題がある、とする立場) >「はい or いいえ で答えられる質問」 >とは書いていますけど、その質問文を論理式に書き直せるかどうかが疑問です。 私の立場からすると、「論理式で書き直せるような質問」を優先すべき ということになります。実際、昔ながらの多くの問題は、 「論理式で書き直せるような質問」でほとんど解くことが出来ます。 ![]() 出来なければ、2.3.4.などを駆使した質問をすればいいと思います。 よく自己言及的な質問文でうまくできる場合がありますが、自己言及文の扱いも 色々あるので、できれば使わずに1の範囲を優先すべき、というものです。 (自己言及的な質問は、古典論理でも、うまく定義さえすれば使えます) さて、「◯◯と聞かれたら、…と答えるか?」と言う質問は、私は1の範囲で 一応定式化可能かと思います。ただ、キチンとやると複雑になると思いますが。 ![]() 4の立場を認めずに、古典論理の範囲で表現しようとした場合は、 (>>14のコメの後半参照) 「○○と質問する人が存在するならば、その質問に対する答えが「…」である」…@ この命題は真か偽か?って感じです。 これがクイズの解答となる質問として問題があるのは、既に述べている通りです。 (質問する人が存在するかどうか、非常に疑わしいから) ただ、4の立場で、更に古典論理的に解釈しますと、うまくいきます。@は、 (wikipediaの例に従ってやっているだけで、間違ってるかもしれません) 「○○という質問する人が存在する可能世界のうち、この現実の世界の近傍の全ての 世界において、その質問に対するあなたの答えが「…」となっている」…A この命題は真か偽か。 という質問になると思います。 この命題が偽である時は、「○○という質問をする人が存在する可能世界のうち、 この現実の世界の近傍の、ある世界において、その質問に対する あなたの答えが「…」となっていない」場合のみです。 これならうまくいきいそうです。 ![]() 多分可能世界の実在性と、その可能世界の出来事をどうやって現実世界で認識するのか、等と言った一切のことを認めれば ![]() 更に、クイズの解答となるべき質問として、Aなら私も十分に納得いきます。 ![]() ですが、私はその諸々の一切のことを、手放しに認める立場(いわゆる、 4を手放しに認める立場)にはなれませんので、私としては模範解答には見えません。 >そういえば門番が「P→Q」と解釈したのであれば、「はい」と答えれば命題Qが >真ですから、「P→Q」という命題はPの真偽に関係なく真ですよね。 「答える」を、単純に考えすぎだと思います。答えることは、 単に「言う」と違って、質問内容に依存します。また、質問する人が 存在することが前提です。(>>14のコメの後半) 要するに『「はい」と答えれば命題Qが真ですから、』の部分が間違いだと思います。 質問文中の『○○と聞かれたら、「はい」と【答えますか】?』の 【答える】は、○○という質問に依存しています。 そして、『「はい」と【答えれば】命題Qは真ですから』の【答える】は、 ○○という質問ではなく、『○○と聞かれたら、「はい」と答えますか?』 という質問に依存しています。 従って、これらの【答え】を明確に区別すれば、Qは真とは限りません。 ![]() ![]() ![]() >ゲーデルさん
「P→Q」はNo.9のほうです ![]() >命題Q:「はい」と答える で、質問も何もありませんが、「"はい" と答える」をQにとっていました ![]() (No.14のタイルコさんへのコメント読みました ![]() >4の立場を認めずに、古典論理の範囲で表現しようとした場合は、 >「○○と質問する人が存在するならば、その質問に対する答えが「…」である」…@ >この命題は真か偽か?って感じです。 ここがまさに疑問なのです ![]() 「論理式に書き直せるかどうかが」というのは、ちょうどこの部分です。 「そのように書き直せば」の話であって、「書き直していいのかどうか」というのは?? ![]() いままで多くの方が例に挙げていますように、 「Pは偽なんだけど、もしPが真だったらQだろうか」 を「P→(ならば)Q」と同一視しますと、前件が偽ゆえに真となってしまいますが、 それが現実の質問のニュアンスと合致していないのは明らかです。 「P→Q」はあくまで「¬P∨Q」の書き換えであって、日本語文の「ならば」とか「だったら」と盲目に同一視できないのでは? ![]()
ゲーデル
>「P→Q」はあくまで「¬P∨Q」の書き換えであって、日本語文の
>「ならば」とか「だったら」と盲目に同一視できないのでは? 確かにそうです。で、私も結構気をつけていたつもりだったのですが、 色々間違っている所がありました ![]() ![]() ![]() ![]() 毎回ご丁寧な回答、恐れ入ります。
>「人が来るのを待てば、1回の質問で必ずどれが天国の門か決定できる。」 >というのを、万能な正解として認める、ということでしょうか? どんな答えでも問題文の条件を満たしていれば正解として認めるべきです。 私はこれを正解とするのには抵抗がありますが、 その理由は、人が確実に来るかどうか分からないからです。 線を一本加えて式を成立させて下さい、という問題も 「等号に線を加えて不等号にする」という万能な回答があります。 こういった答えを正解として認めたくなければ、それなりの問題文にするべきでしょう。 「どんな質問をすればいいでしょうか」に対して「人が来るのを待って云々」というのは、 適切な答えではないと思います。 問われているのは質問の内容だけなのですから。 What shoud you do? What one question should you ask? の違いでしょう。 「あなたは蛙なので、あなたは哺乳類ですよね?」 という質問は、「P→Q」とは解釈できないのでは? これは、 「・あなたは蛙である ・蛙は哺乳類である ・ゆえに、あなたは哺乳類である という推論は正しいですよね?」 ということなのではないでしょうか? 「私は蛙じゃない」というのは、「前提が間違っている」ということです。 「前提が間違っているからその推論は正しくない」 「はい」「いいえ」で答えるなら、「いいえ」ということになるでしょう。 >P→Qが「¬P∨Q」が同値であるのは、むしろ「P→Q」とその対偶「¬Q→¬P」 >が同値であってほしいから、そのようにされているだけです。 ここはどういう意味なのかよく分からないのですが・・・ 「P→Q」は「P→Q」とその対偶「¬Q→¬P」が同値になるように定義されている ということですか? ですが、対偶という概念は「P→Q」が定義されて初めて考えられるものですよね。 これだと定義にならないと思うのですが。 本題に戻ります。 「P→Q」は「PならばQ」と読みますので、 「PならばQですか?」という質問は、 「もしPだったらQですか?」と「P→Qですか?」のどちらにも解釈できる というのはまあ分かります。 「ならば」を使った質問は避けたほうがいいということには賛成しましょう。 ですが、「PだったらQですか?」のように「ならば」を含まない質問を、 「P→Qですか?」と解釈するのは無理があるように思われます。 ![]()
ゲーデル
まず初めに、私が色々勘違いしている部分で、致命的な部分がありました。
![]() 色々とすみませんでした。詳しくは>>34をご覧ください。 ![]() (逆に更に納得いかなくなるかも…) 以下>>31に対する返答を… >問題文の条件を満たしていれば正解として認めるべきです。 私も"ある程度"は、その考えには納得いきます。 ですから、私が質問を作るときは、できるだけ明示的に条件を 付けて誤解のないようにしています。 ![]() また、暗黙的なルールがあった場合、それを破る答えのみをすると 不正解にする、という考えも"ある程度"納得いきます。 ただ、不正解にするのなら、明文化すべき、と個人的には思います。 >「どんな質問をすればいいでしょうか」に対して「人が来るのを待って云々」と >いうのは、適切な答えではないと思います。 うーん ![]() 別の人が「〜」とこたえればよい。」でいい気がします。 実際、私が「こう」答える、と具体的に私の質問の内容を答えているわけですし。 これを適切でない、とするのは、やはり暗黙的に「あなた一人で答えてよ!」とか、 「あなた一人しか質問してはいけません!」と言っているようなものに思えます。 →それなら条件をもっと明文化した方が良い、と思うわけです。 ![]() >「あなたは蛙なので、あなたは哺乳類ですよね?」 >という質問は、「P→Q」とは解釈できないのでは? うーん・・・。P→Qのつもりで書いてはいるのですが、やはり日本語で話すと 結構曖昧な表記になりますよね。 ![]() 言いたかったのは、本来の質問文「もしあなたが蛙ならば、あなたは哺乳類ですか?」 っていうのは、「(∀x)(x∈【蛙】→x ∈【哺乳類】)」の真偽を質問されているのだ、 と普通の人には解釈されている、ということなんです。 これは偽なので、「いいえ」と答えている、ということでしょう。 質問されている人にとっては、わたしが蛙に含まれるかどうかが大事なのではなく、 本質的には上記のことを質問されているように見えるんでしょうね。 ただ、もし「私が蛙」と言う部分に反応しやすい質問の仕方をすると、 「私はそもそも蛙じゃない」とかいうことになると思うわけです。←これが言いたかった ![]() >「P→Q」は「P→Q」とその対偶「¬Q→¬P」が同値になるように >定義されているということですか? えっと、やはりどう見ても説明不足ですよね ![]() 自然言語における「PならばQ」と、自然言語における 対偶「QでないならPでない」が、同じ意味であることが多いので、 それをモデルにした古典論理での「P→Q」と「¬P→¬Q」が同値で あってほしい、ということです。 解りやすくするために、自然言語における「PならばQ」を 新しい記号◆を使って古典論理でP◆Qと表すことにします。 以下、P, Q の真理値と、P◆Qの真理値で、自然言語との対応が不自然じゃない部分は確定させてみます。 P Q P◆Q 1 1 1 …@ 1 0 0 …A 0 1 1 …B 0 0 不明…C さて、P◆Qと¬Q◆¬Pとが一致してほしいわけですから、 @により、Pが0(¬Q)で、Qが0(¬P)の時、¬Q◆¬Pは1でなければなりません。 ということは、Cの不明なところは、"1"が入ることになります。 つまり、これは「¬P∨Q」と一致するわけです。 (Bが不自然に見えたとしても、Cが真なのにBが偽なのは、もっと不自然です。) >ですが、「PだったらQですか?」のように「ならば」を含まない質問を、 >「P→Qですか?」と解釈するのは無理があるように思われます。 単純に「P→Q」とするのは間違いがおこりますが(>>30 >>34をご覧ください)、 古典論理の範囲で解釈しようとすれば、「→」の記号をどこかで使うのは 確かです。 ![]() ![]() ![]() こんなのどうでしょう?
![]() 「村長、その人は私が規則を破ったとは言っていますが、 「なんかの規則を破った」としか言ってないのだから、 その規則が破ると死刑になる規則かどうかは分からないじゃないですか? なので、その人が、「お前がなんかの規則を破った」と叫んでいたのが、 本当だとしても、私が死刑になるかどうかは分かりません。 先に、これをはっきりさせて頂ければ、事の真相を話します。」 ![]()
ゲーデル
ナイスですw
![]() 「村長、あなたも死刑になるかもしれませんので、 あなたからまず説明責任を果たして下さい!」ですね ![]() ![]() ![]() 質問自体がありえないなら、答える事もない。
ならば、ありえない質問に、「はい」と答えるといったら嘘になるのでは? コメントにコメント 門番は、「いいえ」と答えるべきだったとすると、 門番が助かった場合、 村長は門番に騙されたことになるのでしょうか? ![]()
ゲーデル
私が色々勘違いしている所がありましたので、
できれば>>34をご覧になってください。 ![]() 仰る通り、門番は、「いいえ」と答えるべきでした。 ![]() ![]() ![]() >この無駄に長い(私のせいです)問題を、ここまで見てくれていた皆様
>特にレスしてくれた皆様へ 私が大きく勘違いしていた場所がありました。大変申し訳ありません。 ![]() ただ、それにしても結果的には、よくある質問は古典論理で表す限り、 間違ってる事になります。 ![]() ボムボムさんやその他多くの皆様のご指摘通り、 確かに、>>9では、 >命題P:「門Bが天国の門か」と聞かれる >命題Q:「はい」と答える >とした時、私は、「P→Q」が真か偽か、と質問されたと判断しました。 としています。この時は、問題点をわかりやすく、簡単のためにするため 誤解の恐れがあると思いながらも、このようにしていました。 ですが、本質は捉えている、と(書いている時は)考えていました。 ![]() つまり、>>29に対するレスをするまで、古典論理の範囲で表すと、 大枠でP→Qである、という>>9の考え方が本質をついている、と考えていました。 しかし、この問題を考えるうちに、私の頭も少しスッキリしてきて、 どうやら↑の解釈の仕方が本質的に間違っているかもしれない、と思い至りました。 ![]() 以下、説明です。(結構ややこしいことになってます。) ------------------------------------------------------- わたしが質問C「質問Aにたいして、Bと答えるか?」 という質問を、門番にすることを改めて考えます。 この質問Cに対して、古典論理の範囲で門番が頭に描いたと思われる論理式を、 もう少しキチンと表現しようと思います。 ![]() 以下は"あくまでも"古典論理"の範疇で、質問Cを定式化してみよう!という話です。 ・Aの質問とは、ある命題(つまり、自由変数を含まない論理式(以下、論理式))の 真・偽を尋ねることです。(あくまでも「はい」「いいえ」と答える質問です。) 言いかえれば、回答者がある前提からのみで、論理的に論理式A'を証明できる時、 「はい」と答えることを期待します。 ・Aの質問は、論理式A'に自明な一対一の対応をします。 区別するため、論理式は常に「'」をつける事にします。 逆に、論理式A'から、Aの質問を作る時は、「'」をはずすことにします。 ・回答者が前提(常に真)のみから論理的に論理式X'を証明できる時、P(X')とします。 つまり、P(X')とは「X'が真である」ことを意味します。 ・「正直に」答える、という定義は、P(X')の時「はい」と答え、 P(¬X')の時「いいえ」と答えることです。 ・質問者と回答者が存在するときに限り、質問者が質問でき、回答者が回答できます。 回答者がAという質問に回答した答え(「はい」or「いいえ」)を、F(A)とします。 ・回答者が正直者であれば、F(A)=「はい」とは、P(A')と同値です。また、 F(A)=「いいえ」とは、P(¬A')と同値です。 ・関係E(x,y,X)を、「質問者xが、回答者yに質問Xを質問する」という関係と定義します。 つまり、質問者xが回答者yにXを質問したなら「真」、質問しなければ「偽」です。 関係E(x,門番,X)を、E(x,X)とします。 ・門番に対して質問者になりえる人間の集合を【質問可能者】とします。 つまり、 「(∃x)(x∈【質問可能者】∧ E(x,A) ∧ F(A)=「はい」)」・・・・@ というのが、 「質問Aに対して、門番が「はい」と答えるか?」、つまり、 「質問者xの質問Aに対して、回答者である門番は「はい」と答えるか?」 に対応する論理式(っぽいもの)です。 (最終訂正に近いかも。とか言いながら少し訂正 ![]() →を∧に変更。(良かったのかな・・・?) Eは、質問者x,論理式X(ここではA)に依存します。 Fは、論理式X(ここではA)に依存します。 その場合、誰に対しても「はい」と答えますか? という質問になるのですが、門番は真偽の決まっている質問に対しては誰に対しても 「はい」か「いいえ」のどちらか一方のみを答えることが前提ですので、 (∃x)と変わりません。(∃x)の方が門番にとっては示しやすいでしょう。 ------------------------------------------------------- 問題は、∃x のスコープ(範囲)が、最後までかかっているということです。 ![]() 正直者は常に「いいえ」と答えないといけませんね(汗 問題文だと、「はい」と答えてますので、死刑です ![]() 逆に、嘘つきだと常に「はい」と答えることになります。 【質問可能者】に問題文の「あなた」は入りますので、 【質問可能者】は空集合ではありません。 (なぜなら、前提により、1回という制限はありますが、門番に質問可能な人間だから) ただし、その回数制限のせいで、E(A)は偽とならざるを得ない、という 感じでしょうか。だから、質問文Cに対応する論理式C'は「偽」となり、 門番は「いいえ」と答えなければ死刑です。 ![]() P→Qとは本質的に違うところを論じていることになります(汗 本質は、 「〜と質問する人が存在するならば、・・・である」←わたしがずっと勘違いしてた ではなく、 「〜と質問し・・・と答える、質問をする人が存在する」←どうやらこっちが正しい ということです。(わかりにくいかも) 良くある質問を大まかにですが、キチンと定式化したことで、自分の中では 結構スッキリしました。 ![]() 追記: 結局、「「右の道は天国ですか?」と聞いたら、「はい」と答えますか?」で うまくいくとする、肝の部分は、 F(F(X))=「はい」が、P(X')と同じことだ ということに尽きます。 ただ、1回しか質問できない、という条件を見て、関数Fを2回使っていることに 疑問を抱く人は、少なからずいると思います。(実際、この質問に対してなんとなく 納得のいっていない人は、いるはずです。) その納得のいかない人を説得するには、質問文に対応する論理式を作ってみることが 一番楽なのですが、それが結構うまくいかないんですよね。 良くある解説では、F(F(X))=「はい」がP(X')と同じことを説明していますが、 Fを2回使っていることに対して納得いっていない人にとっては、効果なしです。 ![]() ![]() ![]() 「質問Xに対して、「はい」と答えるか?」は、
「いつ誰に質問Xをされても常に「はい」と答えるか?」 ということだと思われますので、 「質問者xが存在する」ではなく、「任意の質問者xについて〜」とするべきでは? --- ↓追記に対して A:「任意のxについてPが成り立つ」の否定は、 ¬A:「Pが成り立たないようなxが存在する」でしょう。 xが存在しない場合、¬Aが真でないことは明らかですから、 Aが真ということになるのではないでしょうか。 先程は一番気になったところだけを指摘したのですが、 回答者yと質問Xは決まっていますから、∃がついているところもおかしいと思います。 ![]()
ゲーデル
その解釈の方が正しいですね。ちょっと訂正します。
他にも色々間違ってたので、少しずつ訂正してます ![]() 追記: いずれにせよ、門番に →(Fx,y(X)=「はい」)) (∀x)(x∈【質問者】→F(A)=「はい」) を前提のみから証明させることを要求しているので、【質問者】 に制限をかけている前提があることを考えると、門番が大変な感じです。 更に追記: >xが存在しない場合、¬Aが真でないことは明らかですから、 >Aが真ということになるのではないでしょうか。 うーん、そこは微妙なんですよね。xは存在します(私)が、 私は前提により、1回しか質問できないので、矛盾し、Fx,y(X)=「はい」 の部分が偽になる、と言えばいいでしょうか。 Fx,y(X)は、xやyが存在しない時に真にするのかどうかは、 どう考えるのが妥当なのかは、正直解りません。 (どちらにすれば論理式的に綺麗になるかはまた別の問題です) どちらにせよ、質問文として、狙った通りに機能しないのは確かです。 そもそも質問に対応するC'が、論理式にならないのかもしれません。 その場合は門番は沈黙せざるを得ないでしょうね。 >回答者yと質問Xは決まっていますから、∃がついているところもおかしいと思います (わかりにくくなるので)この>>35に対しては最終追記: >>34を、訂正しました。 (∃x)(x∈【質問可能者】→ E(x) ∧ F(A)=「はい」) と、言う風に、『質問され、かつ、「はい」と答える』と 2段階に解釈した方がいいと思ったからです。 質問されなかったり、「いいえ」と答えた場合は、この部分は偽で あった方が自然言語との兼ね合いが良さそうだからです。 ![]() ![]() ![]()
ゲーデル
>結局、門番は助かるのでしょうか?助からないのでしょうか?
質問を、うまく論理式に対応出来ていないこともあり、もう少しお待ちを。 質問がうまく論理式に対応できない場合は、 私の立場では、「それは質問ではない」ということですので、 沈黙しなかったら掟破りです。 >門番は、わからなければ沈黙してもいいとは、 >分からない質問に答えてもいいってことになると思うのですが、 確かにそうですね ![]() 解らなければ、沈黙する、ものとしてお考えください。 そのつもりで掟を書いてました。 >その答えが、正しくは無い場合、掟破りになるのでしょうか? 門番が答えを口に出した場合は、必ず嘘をついてはいけませんので、 掟破りになります。 >そのまたコメント ![]() えっと、「嘘」の定義によります。 1.思い込んでいる真実と逆のことを言うのが嘘なのか、 2.実際の真実ではないことを言うのが嘘なのか、 その違いです。 一般的な「正直者と嘘つき」の問題は2のケースを想定していますが、 もちろん、応用問題として1のケースをアレンジして出す場合もあります。 (わかりにくくなるので)>>36へのコメとしては最終追記 >>34訂正しました。 (∃x)(x∈【質問可能者】→ E(x) ∧ F(A)=「はい」) という風に考えると、結構しっくりくるようになりました。 ![]() ![]() ![]() No.34の方法でも、「◯◯だったら」という反事実の用法を、論理式で表せていないように思います。
「(∀x)(∃y)(∃X')((X'∈【論理式】∧ y∈【回答者】∧ x∈【質問者】) →(Fx,y(X)=「はい」))」 のxが存在しない、ということですが、 反事実的条件文で述べた文章は 「質問者xと、この命題全体を発言する発言者a(つまりこの問題の "あなた" )が必ずしも一致しない」 ことになるのでは? ![]()
ゲーデル
すみません。「(∀x)(∃y)(∃X'))〜」の部分は、
(∀x)(x∈【質問者】→F(A)=「はい」)に訂正です。 ![]() それと、やはり少し混乱しだしたので、少しお待ちを ![]() どうも、【質問者】というのが少し曖昧な定義みたいですね。 >反事実的条件文で述べた文章は >「質問者xと、この命題全体を発言する発言者a(つまりこの問題の > "あなた" )が必ずしも一致しない」ことになるのでは? えっと、本質的にはまさしく仰る通りだと思います。 ただ、>>34なんかは、反事実的条件文の、そのような解釈を許していません。 あくまで、従来からされてきた解釈で記述しようとしています。 「私が鳥ならば、空を飛べる」を、従来の解釈通り、 私が鳥でないから、 私がwikipediaを見て、勝手に思ってることで恐縮なんですが、 反事実的条件文の仮想世界論的解釈は、 例えば、「私が鳥だったら、空を飛べる」というのを、 実際の世界では私は人間ですが、 「私が鳥である。」ということとそれから生じるちょっとしたことを 真として、それら以外の全てが、この実際の世界と同じ仮想世界の集合を考え、 そういった仮想空間全てにおいて「私は空を飛べる」と解釈することかと。 だから、「私が鳥だったら、空を飛べる」を「真」としてよい。 偽となるのは、その仮想世界のどれかで、空を飛べない時のみだ。 ってことと思ってます。(もちろん、間違ってるかもしれませんが) ![]() 追記: 飛べない鳥もいますので、厳密にいえば、私がその飛べない鳥になっている 仮想世界においては「偽」ですから、「私が鳥だったら、空を飛べる」というのも偽になりますね ![]() ![]() (わかりにくくなるので)>>37のコメとしては最終追記: >>34を訂正しました。 (∃x)(x∈【質問可能者】→ E(x) ∧ F(A)=「はい」) という風に2段階踏むことにしました。 ![]() ![]() >>37へ
今回の問題の場合、 質問C「質問Aにたいして、Bと答えるか?」で 質問Cが門番に対して質問された時点で、質問Aは質問される事が無いので、 質問Aの質問者は存在しない。 質問Cより先に質問Aが門番に対して質問されてたとすると、 質問C自体が質問されるはずの無い質問だという事になる。 なので、 質問Cの質問者=質問Aの質問者でも 質問Cの質問者≒質問Aの質問者でもいいのでは? ![]() ![]() (∃x)(x∈【質問可能者】→ E(x) ∧ F(A)=「はい」)
を解釈すると、 「あなたに対して質問Xをして、あなたがそれに「はい」と答えるような質問者が存在しますか?」 となります。 これだと問われているのは質問者がいるかどうかということになってしまいます。 問われているのは「はい」と答えるかどうかですので、 A:「任意の時刻における任意の質問者からの質問Xに対するあなたの回答は「はい」ですか?」 としたほうが近いと思います。 これを変形してみると次のようになると思われます。 (質問Xがされた時刻t、その質問をした人x)を要素とする集合をEとします。 Eの元e=(t,x)に対して、 時刻tに質問者xがした質問Xに対する回答をf(e)とします。 質問Aは、「任意のEの元eについて、f(e)=「はい」ですか?」となります。 A≠Xですので、Eは空集合と確定します。 この場合、質問Aに対する回答は「はい」になるべきでしょう。 ![]()
ゲーデル
>A:「任意の時刻における任意の質問者からの質問Xに対する
>あなたの回答は「はい」ですか?」 別にそう考えてもいいのですが、 門番は、任意の時刻、任意の質問者に対して、 質問Xには「はい」か「いいえ」と正直に答えることが前提ですので、 結局、「ある時刻に、ある質問者からの質問Xに対する あなたの回答は「はい」ですか?」という質問と同等になります。 >A≠Xですので、Eは空集合と確定します。 >この場合、質問Aに対する回答は「はい」になるべきでしょう。 解釈の問題です。要するに、 【絶対に質問されない人に対して、「あなたは「はい」と答えますか?」 と聞いた時に】 「はい」と答えることを期待する場合は、いはらさんの定義でいいと思います。 「いいえ」と答えることを期待する場合は、>>34の定義でいいわけです。 私は「いいえ」と答えることを自然言語的には期待しているのではないか、と考え、 (∃x)(x∈【質問可能者】∧ E(x,A) ∧ F(A)=「はい」 としたわけです。 自然言語を古典論理の範囲で解釈するときの定義の話ですので、 どちらが間違っている、とも言い切れないと思います。 ![]() ![]() ![]() >「はい」と答えることを期待する場合は、いはらさんの定義でいいと思います。
>「いいえ」と答えることを期待する場合は、>>34の定義でいいわけです。 この問題では掟を破っていないことを説明するのが、目的なので、 その点では、「はい」と答えることを期待する場合の定義を使って、 村長に説明する方が正しいのかな? (説明者の期待によって結論が異なるのはいいのだろうかとはおもいますが) ![]()
ゲーデル
この問題に関してはそうですね
![]() 最初の答え(>>9)でも、そう解釈した、と言い張れば、いいのかもしれません。 ![]() >(説明者の期待によって結論が異なるのはいいのだろうかとはおもいますが) 回答者(門番)に、曖昧な部分を含む質問 (質問されなかった場合を考慮に入れていない質問)をすると このような問題が起りますよね。 ![]() ![]() ![]() >私は「いいえ」と答えることを自然言語的には期待しているのではないか、と考え、
>(∃x)(x∈【質問可能者】∧ E(x,A) ∧ F(A)=「はい」 >としたわけです。 それでは本末転倒ではないですか! ![]() 元々ゲーデルさんの問題提起は、 質問Aに対して門番が「いいえ」と答えるものと我々は考えがちである。 しかし、質問Aの意味するところを論理式で表して検証してみると、 実は「はい」と答えるのが論理的には正しい。 このような論理的な答えと感覚がずれている質問はするべきではない。 ということでしょう? 我々の感覚と一致するように論理式を構成するのならば、 ずれが発生する余地がありませんから、何の意味もないことになります。 質問が意味しているものを字義どおり忠実に論理式で表して、 答えがどうなるのかを検証するべきでしょう。 私はボムボムさんと同じく、論理式で表すことができるとは思っていないのですが ![]() ![]()
ゲーデル
>質問Aに対して門番が「いいえ」と答えるものと我々は考えがちである。
>しかし、質問Aの意味するところを論理式で表して検証してみると、 >実は「はい」と答えるのが論理的には正しい。 >このような論理的な答えと感覚がずれている質問はするべきではない。 うーん ![]() ![]() もともと、私の主張は>>12で書いていましたように、 結論:『良くある解答の質問文は、色々問題点がある』ということです。 以下が>>12の要点です。 1.実はそれほど単純ではない 2.「〜と聞かれる」ことを真として考えている。 3.質問の回数と質問する人が限られる場合、問題が起こることがある。 4.自然言語的に捉えられた場合にも、問題が起こる。 今もこの骨子に変わりはありません。 実際、>>39のいはらさんの解釈でも、>>34の私の解釈でも、 質問する人がいない、質問できない、などととすると、うまくいきません。 (だって、正直者は、Xの内容によらず、常に「はい」とか 「いいえ」とか言ってしまうわけですから) つまり、古典論理の範囲で表すと、良くある質問文は、問題が起こるわけです。 ![]() >>34以降、私の主張が少し変わったのは、>>12の2.の内容の部分です。 それまで、多少盲目的に大枠で「P→Q」の論理式に置き換えていましたが、 実際は、意味を読み取って、古典論理の範囲で表せば、P→Qの形に する必要がない、ということが判明しただけです。 いずれにせよ、古典論理の範囲で論理式で表せば、 質問文が「〜と聞かれる」ことを前提として質問している以上、 問題が起こります。 >論理式で表すことができるとは思っていないのですが 私的には、それならば、論理式で表せる答えの方がいいのでは? と思ってしまいます。 論理式で表せて、天国の門を当てることのできる質問の方が、 論理式で表すと失敗する質問や、そもそも論理式に表せない質問より いいのではないか?ということなのです。 そもそも、論理式であらわせない=真偽の定義すらできない =門番が「はい」「いいえ」で答えようがない=失敗、に見えます。 ![]() よくある質問文「右が天国ですか?と聞いたら「はい」と答えますか?」 でもうまくいく、というものを正当化したいのであれば、 対応する論理式を表して、それでうまくいくことを示す必要があると 個人的には思っているのが、そもそもそれが出来ないとなると、 正当化する根拠に乏しい、と私は思ってしまいます。 ![]() 追記: 語弊があるかもしれないので、少し追記します。 >いずれにせよ、古典論理の範囲で論理式で表せば、 >質問文が「〜と聞かれる」ことを前提として質問している以上、 >問題が起こります。 としましたが、反事実的条件文は、それなりに色々解釈の仕方がありますので、 (ボムボムさんが紹介してくれましたように、反事実的条件文を提唱した ディビットルイスは、仮想世界論での解釈みたいです。) 古典論理に解釈するやり方も、千差万別みたいです。 例えば仮想世界論的な解釈でやれば、確かに「回数制限」が事実上なくなり、 古典論理の範囲で論理式で表現しても、何も問題は起きません。 ただし、その代償として、「仮想世界」などといった概念を導入しなくてはなりません。 ![]() ![]() この問題提起用の問題の答えとしては、
門番が「はい」と答えたことが正しいことを論理的に説明しないといけないが、 門番が答えるべきだったのは「いいえ」だったてことですよね? それで、 間違った答えが正しい答えである事を論理的に説明しろというこの 問題提起用の問題は、問題としては、出すべきではないってこと? (問題提起用としては適切だけど) ------------------------------------------------------ ここまで、いろいろレスしてきていまさらですが、 ゲーデルさんが聞きたかったこと(問題提起したかったこと)って何だったんでしょうか? ![]()
ゲーデル
>間違った答えが正しい答えである事を論理的に説明しろというこの
>問題提起用の問題は、問題としては、出すべきではないってこと? 色々と勘違いさせるようなことをしていてごめんなさい。 ![]() 少し整理してお話します。 「「門Bが天国の門か」と聞かれたら、あなたは「はい」と答えるか?」 という質問文を、>>34のように解釈すると、「いいえ」と答えるべき、 となります。ただし、この解釈では、 「「門Aが天国の門か」と聞かれたら、あなたは「はい」と答えるか?」 と聞かれても、「いいえ」と答えなければなりません。 となると、「〜と聞かれたら、あなたは「はい」と答えるか?」 という質問文は、うまく天国の門を当てることのできる質問ではない、 といことになりますよね? 逆に、>>9や、>>39のいはらさんのような解釈だと、 「「門Bが天国の門か」と聞かれたら、あなたは「はい」と答えるか?」 という質問にも、 「「門Aが天国の門か」と聞かれたら、あなたは「はい」と答えるか?」 という質問にも、「はい」と答えることになります。 結局、うまく天国の門を当てることのできない質問になってしまいます。 私の問題提起は、よくある答え 『「門Xが天国の門か」と聞かれたら、あなたは「はい」と答えるか?』 という質問には問題がありますよね!? ということです。(>>12と>>34を参照ください) ![]() ![]() ↑こちらのレスでおっしゃっている事は何となくわかります
![]() 天国の門を知る為の質問としては、よくある解答のもの(〜と聞かれたら〜と答えるか?)が適切でない、っていう事ですよね。 皆さんのご意見を読んで思ったのが 正直者→嘘をつかない 正直者→本当の事を言う の解釈も関係するのかな?っていう事です。 (個人的には、『嘘をつかない』だけでは正直者だとは思いません。日常会話的な解釈ですが) このスレッドの問題では、 門番は嘘をついたのか? 真実ではない事を言ったのか? いずれにせよ死刑なら納得。 ↓ん?事実に反するではない事を言う……とは、 「事実に反していない事はわかっているけど、事実だと確定はしていない」 って事ですか? ![]() よくわかりませんが、日常会話的な感覚で言えば この問題では門番は「嘘つき」だと思いますが。 ![]()
ゲーデル
>正直者→嘘をつかない
>正直者→本当の事を言う >の解釈も関係するのかな? どこか上の方で同じことを答えましたが、これと今回の話は関係ありません。 ![]() 一般的に、「嘘を答える」というのは、 1.「答える人が事実だと思っていることと反対のことを答える」 2.「実際の事実 の2つの異なる意味がありますが、 「正直村と嘘つき」の一般的な問題では、特別な設定をしなければ 2.の意味です。(このクイズにおいても、2.の意味です) ![]() :追記: 2.「事実に反するではない事を答える」は、完全に書き間違いです ![]() 「事実に反することを答える」に訂正してください。 ![]() ![]() ![]() すみません。誤解を招く表現でした。
論理式で表すことができるとは思っていないというのは、 自明な論理式以外では表せないのではないか、ということです。 「門Aは天国の門ですか?」 「「門Bが天国の門か」と聞かれたら、あなたは「はい」と答えるか?」 どちらも「Pは真ですか?」という形式の質問とみなすことはできます。 それ以上分解できなくても、その真偽が判定できないことにはなりません。 「門Aは天国の門ですか?」 はそれ以上分解できないと思いますが、真偽が判定できるのは明らかです。 「P→Q」の真偽はP,Qの真偽が決まれば決まりますが、 「PだったらQ」の真偽はP,Qの真偽が決まっていても決まるとは限りませんので、 これをP,Qを使った論理式で表すことはできないのではないかと思うのです。 「PだったらQですか?」という質問は、 Pが真だと仮定し、それに矛盾するような事実は無視して、Qが成立するかどうか を問うているのです。 そうでないとすると、 「君が私だったら、私と同じことをしたかね?」 のような質問は実用的な意味がなくなります。 そう考えれば、ゲーデルさんが挙げられた4つの問題点は問題とはいえません。 唯一問題となるのは、「PならばQ」を「P→Q」と解釈したときのように、 「PだったらQ」が論理式として解釈できて、 その解釈に従うと自然言語での回答と異なる場合がある。 というケースだけだと思われます。 論理式としての解釈を考える上で、自然言語での回答と同じ回答になるようにするのであれば、 上記のケースは発生しませんので、わざわざ論理式を考える必要はありません。 >いずれにせよ、古典論理の範囲で論理式で表せば、 >質問文が「〜と聞かれる」ことを前提として質問している以上、 >問題が起こります。 今までに挙げられた論理式は質問の内容を正しく表しているものではないので、 問題が起きているとはいえない、と思います。 こういった議論が発生している以上、問題のある質問といえなくもないですが、 「かつ」「真である」といった専門用語っぽい言葉を使った質問よりは(私にとっては)好ましいです。 ![]()
ゲーデル
>「P→Q」の真偽はP,Qの真偽が決まれば決まりますが、
>「PだったらQ」の真偽はP,Qの真偽が決まっていても決まるとは限りませんので >これをP,Qを使った論理式で表すことはできないのではないかと思うのです。 「PだったらQ」と言っても、単純に「P→Q」と置き換えるのは、 今回のケースのようによろしくない ![]() >>39などのように、論理式に置き換える必要がある、と私は考えています。 ![]() つまり、別に質問の形式が、「PだったらQ」という形でなくてもいいんです。 「Pという質問に、Qと答えますか?」という形でも、何の特別な処理をせず 古典論理の範囲で表現しようとすると、>>34(やその類型)みたいになる、 と言うだけです。 特別な処理(例えば仮想世界論を前提)をすれば、古典論理の範囲で、 何も問題のない論理式で表せます。 つまり、(∃x)(x∈【質問可能者】∧ E(x,A) ∧ F(A)=「はい」)において、 x∈【質問可能者】がたとえもう質問できない、という前提があったとしても、 x'∈【仮定の世界の質問可能者】は質問できますので、問題ないです。 ![]() ただ、そもそも論理式で表せない、となると、一体どういう時に「真」で、 どういうときに「偽」なのか、やはり判りません ![]() 答えさせる質問文として不適格だと個人的に思っています。 ちなみに、「門Aは天国の門ですか?」は対応する論理式「門A=天国の門」の 真偽を問う質問なので「門A=天国の門」なら真、「門A≠天国の門」なら偽、 とハッキリわかります。 >「PだったらQですか?」という質問は、 >Pが真だと仮定し、それに矛盾するような事実は無視して、Qが成立するかどうか >を問うているのです。 反事実的条件文は特別な仮定をすべき、ということですよね。 この考え方自体は私も賛成ですが、これも突き詰めていくと、「仮定であれ、 現実はPが偽なのに、Pが真である、というのは、どういうことか?」 ということが常に問題になります。 (だから仮想世界論みたいなことを言いださなければならないのだと思ってます。) ちなみに、別に仮想世界論の話ではない解決策もあります。矛盾許容論理、などが そうです。ただ、仮想世界論を提案したデイヴィッド・ルイスは それはやりすぎだ、と批判しています。 あと、「君が私だったら、私と同じことをしたかね?」で答えたことは、 仮想世界論的に言えば、「仮定のPが真な世界」での「仮定な答え」ですから、 君が私ではない現実の世界で通用するような、実用的な意味はありません。 >論理式としての解釈を考える上で、自然言語での回答と同じ回答になるように >するのであれば、 >上記のケースは発生しませんので、わざわざ論理式を考える必要はありません。 残念ながら、「「門Bが天国の門か」という質問に「はい」と答えるか?」で うまくいく、とすることに納得いかない人は、少数派かもしれませんが、 私以外にも結構いるのが現実です。つまり、自然言語的に、問題があるわけです。 ![]() うまくいくとすることに納得のいかない人の要点は、 「前提の1回しか質問できない(つまり、門番は1回しか答えない)」という 問題文の前提部分との整合性が引っかかること、という部分に尽きます。 >>34でいう、『F(F(X))=「はい」がP(X')と同じ』と説明されても、 それは説明されなくてもわかってるのだが、Fを2回使えるって前提から 逸脱していないか?というわけです。 ![]() 良くあるケースは、これでうまくいく、と考える人が 事実A『F(F(X))=「はい」がP(X')と同じ』の説明をし、 事実Aを理解できた人が、『うまくいかない、と考えている人は 事実Aが理解できていないんだな』と勘違いをし、理解できない奴が悪い ![]() となるケースです。 うまくいかない、と考えている人は、事実Aは理解できても、 事実Aの説明は、うまくいくことの説明になっていない、と考えます。 Fを1回しか使えない、とする前提との整合性を気にするわけです。 もし、うまくいくことを、この納得しない人に対しても 正当化したいのであれば、それなりに準備が必要です。 (仮想世界論などを持ち出し、F(F°(X'°))で、F°は仮想世界での話であり、 その世界では、X'°はX'と真偽が一致するのだ、だから、Fを一見2回使って いるように見えるが、F°とキチンと区別すればよい ![]() 私は、うまくいくことを説明するのに、このような説明を要する質問は やはり問題だと思ってます。 ![]() ![]() 正直者と嘘つきの問題の解答として、(〜と聞かれたら〜と答えるか?)が
、回答者(今回のだと門番)の解釈によって答えが変るので、適切でないということは、 分かったのですが、 正直者と嘘つきの問題の解答として、より適切な解答は、どうような解答なのでしょうか? ![]()
ゲーデル
>解釈によって答えが変るので、適切でない
本質的には、クイズの前提で「質問者」には制限がかかっているのに、 「質問者が質問した」ということを前提にしているから適切でないということです。 ![]() >正直者と嘘つきの問題の解答として、より適切な解答 >>13にあるように、例えば、 『「あなたが正直村の住人である」か、「門Aが天国の門である」か、 どちらか一方のみ正しいですか?』 がより適切かと思います。 ![]() 「はい」なら門Bが天国の門、「いいえ」なら門Aが天国の門になります。 ![]()
ゲーデル
>>43へのコメントをご覧ください。
![]() ![]() ![]() 「門番に質問Aをしたら、 "はい" または "いいえ" または "沈黙" のいずれかの答え方で答える」
というのを質問することを考えると 「(∃x)(x∈【質問可能者】∧ E(x,A) ∧ F(A)=「はい」)」・・・・@ に倣って書き換えると 「(∃x)(x∈【質問可能者】∧ E(x,A) ∧ F(A)=(「はい」∨「いいえ」∨「沈黙」)」? この質問をすると偽で、正直者なら「いいえ」で返ってくる? しかし掟通りなら、どんな質問をしても、「はい、いいえ、沈黙」で答える、は真のように見える。 真なら「∀X→∃X(=A)」つまりある質問Aについてもこの命題は真で、 『質問Aをしても、「はい、いいえ、沈黙」のいずれかで答える』 という命題自体は真のように思えますが…? ![]()
ゲーデル
*簡単のため、>>34では、沈黙の場合を考慮に入れていません。
考慮に入れたい場合は、>>34に少し手直しをする必要があります。 が、本質的に同じことです。 「門番に質問Aをしたら、 "はい" か "いいえ" で答える。」 を>>34の定義に従って、書きかえると、 (∃x)(x∈【質問可能者】∧ E(x,A) ∧ F(A)=「はい」) ∨ (∃x)(x∈【質問可能者】∧ E(x,A) ∧ F(A)=「いいえ」) ということになるかと。 質問可能者が一人でも存在して、その人たちになんら制限がかかっていなければ、 「真」となりますので、門番が正直村の住人なら、「はい」と答えます。 制限がかかっている場合は、「偽」になりますので、「いいえ」と答えます。 追記: 要するに、質問されなければ、「沈黙」も何も、最初からありません。 「質問され、答えに窮した時の沈黙」と、「質問されていない時の沈黙」とは わけて考えてください。 追記2: (∃x)(x∈【質問可能者】∧ E(x,A) ∧ ( F(A)=「はい」∨ F(A)=「いいえ」)) としてもいいですよね。 ちなみに、(∃x)を(∀x), 最初の ∧ を → に変更しても同じことです。 (前提として、門番は誰に対しても、同じ答えを言いますから) ![]() ![]() (∃x)(x∈【質問可能者】∧ E(x,A) ∧ F(A)=「はい」)
∨ (∃x)(x∈【質問可能者】∧ E(x,A) ∧ F(A)=「いいえ」) はxが異なる可能性を含むのでおかしいと思います。 (∃x){ (x∈【質問可能者】∧ E(x,A) ∧ F(A)=「はい」) ∨ (x∈【質問可能者】∧ E(x,A) ∧ F(A)=「いいえ」)} のほうがよくないですか?(追記2ですね) いずれにしても、E(x,A)が偽になるから偽だと思うのですが? ![]() ![]()
ゲーデル
(∃x)G(x) ∨ (∃x)H(x) ⇔ (∃x)(G(x)∨H(x))
と分配則を使えば上の表現と下の表現は同値です。 ボムボムさんの仰るように、 いずれにせよ、E(x,A)が偽だから、正直者は「いいえ」って答えることになります。 常に真なのは、(F(X)=はい)∨(F(X)=いいえ) (簡単のため沈黙は考えません) の部分であって、単にそれだけの話です。 質問されるのであれば、真になるので、「はい」と答えるだけで。 追記1. 沈黙は考えていませんが、(つまり、全ての【論理式】にたいして、 門番はその真偽が前提のみから証明できる、と考えれています) その場合、掟1.は次のような感じでしょうか? 色んな定義は>>34に従います。 (∀x)(∀X)((x∈【質問可能者】∧X'∈【論理式】∧E(x,X)) → (F(X)=「はい」∨ F(X)=「いいえ」)) ちょっと間違っているかもしれませんが・・・ ![]() 掟1.は前提ですので、↑が常に真であることを主張します。 それと、自然言語との意味上のギャップを感じているのでしょうが、それは当然です。 あくまでも>>34は、反事実的条件文について特別な処理をしていません。 従来通りの解釈をしています。(質問する人がいなければ、何が何でも 答えは「いいえ」です。) つまり、>>29の、4.を認めず、1.のみで定式化すると・・・という話です。 特別な処理をすれば、自然言語との意味上のギャップはほとんどなくなると思いますが 今度は、その特別な処理を受け入れられるかという、別問題ができます。 ![]() もともと、「うまくいかないんじゃないか?」と思っている人が定式化するのではなく 「うまくいきます」と言う人が定式化した方がいいと思います。 定式化できないのであれば、ならその質問はよくない、という結論になるだけです。 ![]() ![]() >>『「あなたが正直村の住人である」か、「門Aが天国の門である」か、
>>どちらか一方のみ正しいですか?』 >>がより適切かと思います。 正直者と嘘つきの問題では、 質問者は回答者が正直者か嘘つきか分からないですよね。 だとすると、 門A=天国が真実の場合、 正直村の住人が回答者なら、両方に正直に答えて両方正しいとなり、 「どちらか一方が正しいか?」に正直に「いいえ」と答える。 (「あなたが正直村の住人である」=「はい」 「門Aが天国の門である」=「はい」 「どちらか一方のみ正しいですか?」=「いいえ」) 嘘つき村の住人が回答者なら両方に嘘をついて両方正しくないとなり、 「どちらか一方が正しいか?」に嘘をついて「はい」と答える。 (「あなたが正直村の住人である」=「いいえ」 「門Aが天国の門である」=「いいえ」 「どちらか一方のみ正しいですか?」=「はい」) これだと、質問者はどちらが天国が分からない。 って、事になりませんか? ![]()
ゲーデル
この質問でうまくいくことは、私が出した別のクイズ「3人の門番」の
2回で天国を言い当てる解答の、2回目の質問文と同等ですので、 是非そちらの解説を見てください。 ![]() ![]() ![]() 命題P' : (F(A)=はい)∨(F(A)=いいえ)(恒真とみなせる)
質問Pは命題P'に対応している質問として、 F(P) の答えは「はい」なのか「いいえ」なのか? P'が恒真ですから正直者はF(P)=「はい」と答えるように見える。 しかしNo.47のように@でいくと、「いいえ」で答えが返ってくると思うのですが? ![]()
ゲーデル
それに一対一対応する質問には、その「'」をはずす規則にしてます。 ![]() (私の勝手な定義なのに、細かいこと言ってすみません ![]() ↑私の勘違いです ![]() ![]() 以下、多少厳密に説明しますと、 P'「(F(A)=「はい」)∨(F(A)=いいえ)」は恒真ではありません。 あくまで、掟1では、 「質問された場合、(F(A)=「はい」)∨(F(A)=いいえ)」が恒真だと言っているのです。 「(∀x)(∀X)(x∈【質問可能者】∧X'∈【論理式】∧E(x,X) → (F(X)=「はい」∨F(X)=「いいえ」)」 が恒真なのであって、厳密には F(X)=「はい」∨F(X)=「いいえ」が 恒真ではありません。質問されなければ、「はい」とも「いいえ」とも答えませんよね? ![]() ![]() >質問されなければ、「はい」とも「いいえ」とも答えませんよね?
排中律と同値で恒真だと思います。 「"はい" とも "いいえ" とも答えられないけど、答えはどっち(どれか)かである」 は正しいように思います。 質問と命題は一対一対応 命題の真偽と「はい」「いいえ」も一対一対応 真偽の排中律 から、質問に対する「はい」「いいえ」も排中律が成立していると思いますので、質問されるされないに関わらず恒真だと思います。 命題が提示されていないとしても、「真か偽」という命題は恒真では? ![]()
ゲーデル
排中律により、A'∈【論理式】ならば、A'∨¬A'は、恒に真です。
>>34を見ればわかるように、 それを門番が前提のみから証明できる時、P(A') 否定を証明できる時、P(¬A')と定義しています。 P(A')∨P(¬A')は常に真か、と言われると、実は厳密にいうと、そうではないです。 が、それは置いておいて、大抵の場合P(A')∨P(¬A')は真でしょうから、 これはもう恒真、だということにしましょう。 ところが、F(A)=「はい」∨F(A)=「いいえ」は、明らかに、恒真とは限りません。 なぜなら、F(A)の定義を見てもらえれば解りますが、質問されることが 前提だからです。質問されなければどちらも偽です。 自然言語との対応も、この部分はシックリくるはずです。 門番の掟1.を↑で定義してみましたが、その対偶(っぽいもの)をとれば、 次のようなことが言えます。 「門番が「はい」とも、「いいえ」とも言っていない、ということは、 門番は誰からも、何の質問もされていないということである。」 ![]() ![]() では
(F(A)=「はい」∨F(A)=「いいえ」)∨(¬(F(A)=「はい」∨F(A)=「いいえ」)) は恒真としていいですか? 結局言いたいのは 質問Aに対して、Aを使った恒真になる命題T'[A]、対応する質問をT[A]と書いたとして、正直者は F(T[A])=「はい」と答えたいのに、 「T'[A]は真か?」という質問は「いいえ」になるのでは? ということです。 ![]()
ゲーデル
多分
(F(A)=「はい」∨F(A)=「いいえ」)∨¬((F(A)=「はい」∨F(A)=「いいえ」)) は恒真です。が、確かにF(A)については、わかりにくい定義をしている気がしますので、その定義の仕方に訂正が必要かもしれません。 ![]() まぁそれはそれで置いておいて、 例えば、私が質問可能者として、xに私を代入したとき、 論理式T'「E(A)∨¬E(A)」は、恒真になります。その意味は、 「私が門番にAという質問をした、または、私が門番にAという質問をしてない。」 私(質問可能者とします。)が、門番に、 質問T『「E(A)∨¬E(A)」は真か?』と聞いたならば、 門番は、「はい」と答えます。 「いいえ」とは答えないはずですが? ![]() ![]() >>51の返信
「門番が「はい」とも、「いいえ」とも言っていない、ということは、 門番は誰からも、何の質問もされていないということである。」 わからない事を質問されたのかもしれない ![]() 追記 そうですか ![]() この問題の場合、門番の立場で掟の設定がなされていますが 質問者側にも「はい」「いいえ」のかたちで答えられる質問をする、という掟がないとヤバイですね ![]() ![]()
ゲーデル
あ、それもあるんですが、↑の話は、簡単のためにそういうの(沈黙とか含め)を
排除してます ![]() ・質問された→「はい」「いいえ」と答える。 ・質問されていない→なにも記述なし。 >質問者側にも「はい」「いいえ」のかたちで答えられる質問をする、 >という掟がないとヤバイですね ![]() そういうことです。この問題提起用問題では、門番側に立って書いているので、 質問する側のことは一切書かずに、単に「〜」と聞かれた、としました。 想定としては、人間側にも、書かなかっただけで、厳しい掟があるんです ![]() 例えば質問以外のことをしたら、門番に殺されても文句言えない、とか、 3分以内に質問しないと、問答無用で地獄行き、とか ![]() ![]() ![]() @に当てはめてください。
Aという質問を使う内容には、Aという質問が存在することが前提になっているので、それを取り入れようとしたのが@では? いま尋ねている質問があるので、回数制限のためにE(x,A)が偽になって「いいえ」と答えるのでは? ![]()
ゲーデル
@というのは、>>34の@で良かったでしょうか?
(∃x)(x∈【質問可能者】∧ E(x,A) ∧ F(A)=「はい」) この内容は、 「ある門番に質問可能な人間が、Aと言う質問を門番にし、 門番がその質問に対して「はい」と答える。」 ということです。 ちょっと、何か会話がずれている気がするので、整理します。お待ちを。 一言だけ。↑のAは、自由変数ではありません。 「S門=天国の門」か?などと言った、真偽の決まった質問です。 整理して追記: こういうことでいいでしょうか? @のAに、Tを代入して考えて、ということですよね? A':S門=天国の門 T':E(A)∨¬E(A) P':(∃x)(x∈【質問可能者】∧ E(x,T) ∧ F(T)=「はい」) とします。 待ち構えている門番に、ある人間M∈【質問可能者】が来て、 「P'は真か?」と質問しました。 すると、門番は、 今質問されているということは、掟3により、これ以上質問されないということだ、 と悟り、E(x,T)が偽、なので、「いいえ」と答える。 これはそうですよ? P'の内容を言うと、 『ある人が「ある人が門番に「A'は真か」と質問する、または、しない、は真か?」と質問し、 あなたは「はい」と答えるか?』 →質問されないし、「はい」とも答えないので当然「いいえ」と答える。 私は、単に>>52のレスのように、 「 ![]() だから、ずれてたんですね。すみません。 ![]() ちなみに、この場合は「はい」です。 追記その2. わかりにくいかもしれないので、色で少し付け加えました。 追記その3. ごちゃごちゃして分かりにくいですが、要するに、 『1+1=2か?』と門番に聞けば、門番は「はい」と答えますが、 『「1+1=2か?」と質問され、「はい」と答えるか?』と聞かれれば、 (回数制限を意識した場合)質問されたり「はい」と答えたりするはずがないので、 門番は「いいえ」と答えます。(あくまでも>>34の解釈では) ![]() ![]() >ゲーデルさん
No.54の返信コメントは少し論点が外れています。 言葉が足りなかったようなので説明します(すべて正直者のみ考慮)。 もともと「Aと聞かれたら…」ということが問題点で、そのため@という置き方が現れ、 E(x,A)=「質問者xがいて、Aという質問を聞かれる」の真偽 というものを導入したと思います。 そこで「Aと聞かれたら」という内容が入っている命題Q'(A)を考えます。 この命題はE(x,A)の真偽と密接な関係を持つ命題ということになります。 「Aと聞かれたら、"はい" と答えるか」 を解釈するにあたって、@ではAという命題が真のときに「はい」と答えるようにF(A)を設定しました。 しかし、F(A)=「はい」「いいえ」を尋ねるだけではなく、「Aと聞かれたら、◯◯◯」という中の◯◯◯という部分に、例えば「命題X'は真か?」という真偽を尋ねる質問をすることも可能と考えられます。 例えば 「Aと聞かれたら、「1+1=2」は真か?」 とか、この問題で議題に挙っている 「Aと聞かれたら、「答えは「はい」である」は真か?」 というような質問などです(意味のある質問かどうかは別として)。 これは、@の中での表記で「F(A)=はい」を論理式の中に組み込んでいることからしても、別に不自然なことではないと考えられます。 さらに上の文章の「Aと聞かれたら」というところ。 これはE(x,A)が真であることを前提としているので、当然E(x,A)が偽のときに注意を払う必要があります。 つまり「Aと聞かれたら、命題B'は真か?」というような、「Aと聞かれたら」という文を含む命題をQ'(A,B)と書いたとして、@と同じ考えでいくと Q'(A,B)=「(∃x)(x∈【質問可能者】∧ E(x,A) ∧ B')」…A というように表すのが近いだろうと思えるわけです。 これがNo.47あたりで気になっていたところです。 (さらにこれはE(x,A)が理由で偽になるのでは?というのがNo.48です) でNo.52以降の話になります。 つまり「Aと質問されたら、B'は真か?」のような、しかも全体が恒真になるような命題T'(A,B)があったとして、対応する質問T(A,B)を考えるとどうなるか?というわけです。 恒真ですからT'(A,B)は常に真です。 正直者にとっては、Fという関数を使うとF(T'(A,B))=「はい」と答えなければいけないように見えます。 一方で「Aと質問されたら…」の文を含むため、先ほどのAの考え方でいくと T'(A,B)=「(∃x)(x∈【質問可能者】∧ E(x,A) ∧ B')」 と書けないか?ということです。 するとこちら側の解釈では偽ということになり、「いいえ」と答えなければいけないようにも思えます。 どっちなのか?この解釈じゃだめなのか?ということが僕の感じている疑問です。 「Aと聞かれたら」という文章は他に、「Aという質問に対して」「Aという質問の答えは」などのような文章に置き換わっていたとしても、E(x,A)とはかなり密接に関係していると考えられます。 No.52の「T'(A)は真か?」は、文字通りそのままです。 T'(A)もE(x,A)とは切り離せないと考えられ、「T'(A)は真か?」にAでは偽と解釈されるのでは?という意味です。 ![]()
ゲーデル
>もともと「Aと聞かれたら…」ということが問題点で、そのため
>@という置き方が現れE(x,A)=「質問者xがいて、Aという質問を聞かれる」の真偽 >というものを導入したと思います。 正確には、Aと聞かれていることを前提とする質問なので、そこが論点だと考え、 『Aと聞かれなかった時』はどうするのが自然なのかを考えました。 すると、門番は、「はい」とも「いいえ」とも答えられないので、 その時は「偽」にしたく思い、E(x,A)というものを導入しました。 ![]() >「Aと聞かれたら、"はい" と答えるか」 >を解釈するにあたって、@ではAという命題が真のときに「はい」と答えるようにF(A)>を設定しました。 ここが間違いです。F(A)=「はい」となるのは、P(A')が真になるだけでなく、 質問されること(E(A))が真であることも要請しています。 以下、正直者に限りますと、 F(A)=「はい」⇔「P(A')∧E(A)」とすべきかもしれません。 ただ、確かにわかりにくい曖昧な定義だったと思いますので、新たに G(y,X)を次のように定義してみます。 y = 正直村の門番 ⇔ G(y,X') = P(X') y = 嘘つき村の門番 ⇔ G(y,X') = P(¬X') 以下、正直者の話に限定しますので、G(y,X')をP(X')と読み替えてもらって結構です。 すると、>>34の@は、 『(∃x)(x∈【質問可能者】∧ E(x,A)) ∧ G(A')』…修正版@ となります。個人的には、よりスッキリした気がします。 ![]() G(A')は、xに全く依存しませんので、正直門番の時、 A'の論理式が証明できれば(真なら)、G(A')は真 A'の論理式の否定が証明できれば(偽なら)、G(A')は偽 です。 従って、正直門番に限ると、 「Aと言う質問に「はい」と答えますか?」 と言う質問に対して、 「ある人から質問され、かつ、質問の内容A'が真ですか?」 という質問と同じこと、と解釈したことになります。 結構自然ではないでしょうか? 質問されて、「A'が真」なら真、「A'が偽」なら偽、 質問されなければ偽になります。 そして、真の時、「はい」と答え、偽の時「いいえ」と答えるのです。 ![]() >しかし、F(A)=「はい」「いいえ」を尋ねるだけではなく、「Aと聞かれたら、◯◯◯」 >という中の◯◯◯という部分に、例えば「命題X'は真か?」という真偽を尋ねる質問を >することも可能と考えられます。 尋ねることは可能ですが、その場合、@とはまた違った形の論理式になります。 ○○○の部分が前件(Aに聞かれたら)に依存しないなら、今度こそ「→」が登場します。 ↓の修正版Aですね。 ![]() >さらに上の文章の「Aと聞かれたら」というところ。 >これはE(x,A)が真であることを前提としているので、当然E(x,A)が偽のときに >注意を払う必要があります。 >つまり「Aと聞かれたら、命題B'は真か?」というような、「Aと聞かれたら」という文 >を含む命題をQ'(A,B)と書いたとして、@と同じ考えでいくと >Q'(A,B)=「(∃x)(x∈【質問可能者】∧ E(x,A) ∧ B')」…A >というように表すのが近いだろうと思えるわけです。 ↑正確には、文章からそのままの意味に受け取りますと、(従来の解釈) Q'(A,B)⇔「(∃x)(x∈【質問可能者】∧ E(x,A)) → B'」…修正版A です。もし、B'の真偽値のみ聞きたいのであれば、 「Aと聞かれたら、Bですか?」などとせず、「Bですか?」と聞けば済む話です。 B'は自由変数を含まない論理式なら何でもいいです。 ちなみに、なぜ@では∧だったのに、Aが→になるのか、といいますと、 @は、後件の「答える」、の部分が前件の「聞かれる」が真でないと あり得ないからであって、その意味を汲み取って、∧にしたのです。 Aは、「聞かれ」ようが聞かれまいが、完全にBは独立していますので、 従来の解釈通り、P→Q のように、解釈しました。 >正直者にとっては、Fという関数を使うとF(真)=「はい」と答えなければ >いけないように見えます。 質問されなければ、「はい」などと答える必要はありません。 多分、>>34のF(X')の定義が多少曖昧でしたので、色々混乱させているのだろうと 思います。 ![]() ![]() >「Aと聞かれたら」という文章は他に、「Aという質問に対して」 >「Aという質問の答え>は」などのような文章に置き換わっていたとしても、 >E(x,A)とはかなり密接に関係していると考えられます。 それはまさしくその通りで、「Aと聞かれたら」を「Aという質問に対して」とか 「Aという質問されたら」などと文章の意味を変えなければ、論理式@(修正版@) は全く変化しません。 ![]() また、E(x,A)はAという質問に依存しますが、A自体はE(x,A)に依存しません。 ![]() ![]() 質問者(地獄に落ちた人)は、聞かれたら、どう答えるかが知りたいのであって、
実際に聞かれることがあるかどうかは考えていない。 なので、回答者(門番)は、 聞かれたなら、どう答えるかを答えるべき。 ----------------------------------------------------------- 地獄に落ちた人(G)と門番(M)の会話 ![]() G「お前、嘘ついただろ」 M「聞かれる事がないのだから「はい」とは答えない だから嘘はついてない」 G「俺は、聞かれたら、「はい」と答えるかって聞いたんだ。 聞かれる事がないからってのは、俺の質問にちゃんと答えてないだろ」 ----------------------------------------------------------- 真実ではないことを答えるのが嘘をつくことだとすると、 質問者の真意を取り違えた答えをすることも、 嘘をつくことになるのでは? ![]()
ゲーデル
>質問者(地獄に落ちた人)は、聞かれたら、どう答えるかが知りたい
ここが間違いです。質問者は、「はい」と答えるかどうかが知りたいのでした。 ![]() >回答者(門番)は、聞かれたなら、どう答えるかを答えるべき。 門番は、(あくまでも従来通りの解釈でいくと) 「はい」と答えるかどうかの真偽を聞かれた、と思っている可能性があり、 その場合「いいえ」と答えることになります。 ![]() -------------------------------------------- 続き G「俺は、聞かれたら、「はい」と答えるかって聞いたんだ。 聞かれる事がないからってのは、俺の質問にちゃんと答えてないだろ」 M「聞かれない以上、「はい」とは答えない。仮に「はい」と答えると すれば、お前からAと質問された、ということになる。実際にお前は Aと質問していないわけで、矛盾するだろう?」 G「実際に俺がAと質問しなくても、Aを質問した、って考えるべきだろ」 M「言っている意味がわからない。質問してないのに、質問した? 俺はそれを矛盾と習っている。」 G「・・・」 -------------------------------------------- となりそうな気がします。 Mは、現代的な解釈論について、Gに色々説得しなければならないわけです。 ![]() ![]() >ただ、そもそも論理式で表せない、となると、一体どういう時に「真」で、
>どういうときに「偽」なのか、やはり判りません 。それは「はい」「いいえ」で >答えさせる質問文として不適格だと個人的に思っています。 >ちなみに、「門Aは天国の門ですか?」は対応する論理式「門A=天国の門」の >真偽を問う質問なので「門A=天国の門」なら真、「門A≠天国の門」なら偽、 >とハッキリわかります。 私が書いた「論理式で表せない」という表現の意味は説明済ですので繰り返しません。 論理式というのは、大雑把にいえば、命題と論理記号で表記された命題ということでしょう。 「〜と質問されたら、あなたは「はい」と答えるか?」という質問に対しては、 P:「〜と質問されたら、あなたは「はい」と答える」という文が命題であれば、 P という論理式で書けるわけです。 「門A」も「天国の門」も命題ではありませんから、 「門A=天国の門」が論理式だとすれば、単独の命題ということになります。 「門A=天国の門」が論理式だといえるのは、 それが真偽が判定できる命題であると分かっているときだけです。 真偽が判定できるから論理式で表せるのであって、 論理式で表せるから真偽が判定できるのではありません。 ☆ ゲーデルさんの主張を要約すると、 「〜と質問されたら、あなたは「はい」と答えるか?」という形式の質問は、 その質問がされることがありえないとはっきりしている場合は、問題がある ということですよね。 >私は、うまくいくことを説明するのに、このような説明を要する質問は >やはり問題だと思ってます。 そう言われてしまうとどのような反論をしても無駄ですので、 この場合に問題があるかどうかという点についてはこれ以上論じないことにします。 普通は1回しか質問されないことがはっきりしているとはいえませんので、 あの質問で問題ないということになります。 他の人から質問されることが考えられますし、 1回しか質問することができないというルールがあるだけで、 2回以上質問をすることが不可能なわけでもありません。 ルールを破ったということで天国には行けなくなるとは思いますが。 ☆☆☆ >『「あなたが正直村の住人である」か、「門Aが天国の門である」か、 >どちらか一方のみ正しいですか?』 >がより適切かと思います。 では、この質問の問題点を指摘してみます。 1.結構複雑な質問である。 書かれている文章を見ているので理解しやすいですが、 一度聞いただけで正確に理解できる質問でしょうか。 2.2つの命題を真として考えている。 No.44のコメントによると、 「門Aは天国の門ですか?」に対応する論理式は「門A=天国の門」とのこと。 すると、 『「あなた=正直村の住人」か「門A=天国の門」のどちらか一方のみ正しいですか?』 となります。 「門A=天国の門」が正しいかどうかは疑問の余地がありますが、 「あなた=正直村の住人」は確実に正しくありません。 正直村の住人には村長も含まれますから。 ですので、この質問をした場合、正直者と嘘つきでは回答が異なることになります。 3.質問の回数が限られている場合、問題が起こることがある 「あなたが正直村の住人である」「門Aが天国の門である」がそれぞれ正しいかどうか 2つのことを判断しないといけないので、 1回しか質問できないというルールに反しているのではないか。 4.耳で聞くだけのため、文章の解釈で問題が起こる 『「「あなた」が「正直村の住人」である」か「「門A」が「天国の門」である」か、 どちらか一方のみ正しいですか?」 と解釈することもできます。 「あなた」という言葉は「正直村の住人」という言葉とは違うものなので、 「「あなた」が「正直村の住人」である」は正しくないと判断されても文句は言えない気がします。 以上の4つの問題点から、 私は、この質問を使った「答え」は、かなり不適切な気がします。 問題がないことを説明されても、そのような説明が必要だということが問題です。 (☆☆☆から先は冗談ですのでコメント不要です) ![]()
ゲーデル
私は、論理式(自由変数を含まない論理式>>34参照)を、命題と同義で使っています。
命題=論理式として考えてください。 自由変数を含まない論理式は、基本的には真か偽か決まります。 (厳密に言うと、前提からのみでは決定できない(つまり、真か偽か 証明できない)論理式も存在しますが、そんなのは稀なことです) ☆→☆☆☆ の部分は、全くその通りだと思います。 門番が、質問者の意図通りに解釈してくれれば、何も問題はないと思います。 ただ、門番がちょっと偏屈だと、少し危険を感じます、ということです。 ☆☆☆以降で、気になった部分だけ。 2. 一般に、「AはBである」と言う時、A→Bと解釈されます。 A⇔Bと言うことを表すこともありますが、それはA→Bも含みますので 問題ないわけです。 (例:人間は動物である。私は学生である。蛙は両生類だ。等など) 特に、含有関係を表す場合は、論理学では、A∈B等と表します。 ですから、2.は古典論理の範囲では、 「門A→天国の門」xor「あなた∈正直村の住人」 と解釈されます。(xor:排他的論理和) 3. 解っているかとは思いますが、「判断」≠「質問に答える」です ![]() ![]() ![]() 「聞かれてる事が無いから『はい』とは答えない」というのは、
A(発生していない事)の結果がB(特定の結果)かと聞かれたら、Bではないと 答えるってことだと思うので、 『私は掟を破って死刑になった事が無いから、私は掟を破っても死刑にならない』というのと 同じでは? ![]()
ゲーデル
違います
![]() 掟3を前提(常に真)とすると、永久に1回しか質問されないことになります。 質問されないということは、「はい」とは答えない、ということです。 これは常に真でしょう? 私が始めの方で混乱させている可能性が高いのですが、 ![]() P→Qという形にこだわってはいけません。>>34等をご覧ください。 ![]() ![]() ![]() 以下>>34以降の私の要点を整理します。
「Aという質問に、「はい」と答えるか?」を、従来の解釈で、 古典論理の範囲で解釈すると、 (∃x)(x∈【質問可能者】∧ E(x,A)) ∧ G(A') …@ と定式化される。 ・【質問可能者】とは、門番に質問可能な人間の集合とする。 ・【論理式】を、自由変数を含まない論理式(真偽の決まっている命題)の集合とする。 ・Aという質問(「はい」「いいえ」で答えられる質問)は、 A'∈【論理式】に自明に一対一対応し、論理式には「'」をつけ、質問は「'」をはずす。 ・E(x,A)とは、「門番にxがAという質問をする」という関係と定義する。 即ち「門番にxがAという質問をする」時E(x,A)は真、しない時E(x,A)は偽である。 ・P(A')を、「門番が、前提のみから論理的にA'を証明できる」と定義する。 つまり、P(A')と、「A'が真であること」は同値である。 ・G(A')を、門番が正直者の時、P(A')と同値に 門番が嘘つきの時、P(¬A')と同値と定義する。 @の定式化によると、正直門番の場合 「Aという質問に、(門番が)「はい」と答える」 という命題は、 「ある人にAという質問をされ、かつ、門番がA'が真であることを証明できる」 と言う命題と同じことだ、と解釈していることになる。 嘘つき門番の場合は、 「ある人にAという質問をされ、かつ、門番が¬A'が真であることを証明できる」 となります。 簡単に言うと、正直門番の場合、 質問されなければ、答えることもないので、「いいえ」 質問され、更にA'が真なら「はい」 質問され、更にA'が偽なら「いいえ」 嘘つき門番の場合、 質問されなければ、答えることもなく、偽∨偽ということになるので、「はい」 質問され、更に¬A'が真、つまりA'が偽なら「いいえ」 質問され、更に¬A'が偽、つまりA'が真なら「はい」 質問される可能性があるのであれば、うまく機能することがわかります。 ![]() ただ、前提などから質問される可能性が否定されれば、うまくいきません。 ![]() 従来の解釈では自然に思える、この解釈をされたくないのであれば、 従来の解釈以外の解釈を門番に教えなければならないし、 そのようなやり方を要するのであれば、若干ですが、不適切だと思わざるを得ない。 ![]() ![]() 掟3に従って、実際に質問される事が1度限りであり、
その1度が、この質問自体で使われてるとしても、 それは、 「実際には質問されないから「はい」と答えることはない」というだけ。 たとえ、質問されるということ自体が仮定であっても、 質問されたら、門番は答えなければならないので、 質問に対する答えは有るはず。 そして、その質問が正しいことをいってるなら、門番は「はい」と答える。 ![]()
ゲーデル
↑の方で何回も書いていますので、そちらをご参照ください。
![]() 反事実的条件文には、特別な処理をしなければならない、ということだと思います。 ただ、門番がそんな特別な処理をしてくれるかどうかは全く不明ですから、 多少不適切な質問文だろう、と考えています。 ![]() ![]() 修正@(∃x)(x∈【質問可能者】∧ E(x,A)) ∧ G(A')
修正A(∃x)(x∈【質問可能者】∧ E(x,A)) → B' では「Aと聞かれたらB」という文章を含む恒偽命題f'(A,B)と対応する質問文f(A,B)があったとします。 (小文字fはfalseで、大文字FのFunctionと混在しているので注意してください) 修正Aの解釈で行くと、 f'(A)=「(∃x)(x∈【質問可能者】∧ E(x,A)) → B'」 とみなせます。 この質問f(A)を門番に尋ねることを考えます。 f(A)を尋ねていますので、E(x,f(A))が真であり、質問一回という制限からE(x,A)が偽になります。 すると(∃x)(x∈【質問可能者】∧ E(x,A)) は偽ですから、「(∃x)(x∈【質問可能者】∧ E(x,A)) → B'」は真となります。 しかしf'(A,B)は恒偽命題では? おそらく問題点は次の点です。 @という解釈によって質問文を定義しようするために関数F(A)を使いましたが、 F(A)自身も@やAと同様E(x,A)に依存する、@かA形式で表される関数ということになります。 つまり、「Fを定義するためにFが必要」という状況になっていることが原因と考えられます。 No.34の日本語文を見れば明らかで、F自信が「質問に解答した答え」というような、質問を受けることが前提の文章になっているのですから。 ![]()
ゲーデル
そもそも、
「(∃x)(x∈【質問可能者】∧ E(x,A)) → B'」修正A はむしろ真(→に気をつけてください。) の方ですよ?なぜ恒偽と思ったんでしょう? あと、修正Aを恒真かと聞かれると、まぁそれはそうなのですが、 『修正Aをに対応する質問を質問した』という事実があった場合、 真になるだけです。あくまで、質問した、という事実がなければ、 真であることを証明できません。 ![]() ![]() では質問を変えてみます。
「F(X)が曖昧に思えますので、論理式のはっきりとした定義を教えてください。」 これならどうでしょうか? 僕の疑問点の肝は 「Fを定義するためにFが必要に見える」 という点ですから。 ![]() ![]() ![]() あまり解決になっていないように思います
![]() No.59のようなP(X),G(X)があるなら、 「P(G(A'))は真か?」 と尋ねると門番は何と答えるのですか? 結局P(X')、G(X')の定義がNo.59の通りでいいようには思えません。 まだまだ曖昧な部分が残っているように思います。 ![]()
ゲーデル
やっとわかりました。
![]() 確かに、ボムボムさんが変な部分がある、と考えてもおかしくありませんね。 ![]() つまり、こういうことですよね。 (少しややこしいですが、以下、簡単のため、 一応完全な体系であると仮定してします。) この時、¬P'(A)=P'(¬A)であって、P'(A)∧¬P'(A)は常に真です。 また、A' ⇔ P'(A) も成り立ちます。 「P(G(A'))は真か?」に対する門番の応答は、 1.正直門番の場合 A'が真 ⇒ P(A')も真 ⇒ G(A')も真 ⇒ P(G(A'))も真 A'が偽 ⇒ P(A')も偽 ⇒ G(A')も偽 ⇒ P(G(A'))も偽 つまり、A'が真なら「はい」、A'が偽なら「いいえ」と答えます。 2.嘘つき門番の場合 A'が真 ⇒ P(A')も真 ⇒ G(A')は偽 ⇒ P(G(A'))も偽 A'が偽 ⇒ P(A')も偽 ⇒ G(A')は真 ⇒ P(G(A'))も真 つまり、A'が真なら「はい」、A'が偽なら「いいえ」と答えます。 つまり、これは一見うまくいく質問なわけです。 >>34でいう、F(F(A'))と同じ感覚ですから、当然です。 ただ、対応する自然言語で表現して質問しようとすると、当然困ります。 なぜなら、Gが、門番の答える行為に対応するため、どうしても 〜と質問に...と答える、という形式をとらざるを得ません。 これは、論理式P(G(A'))から、自明な一対一対応の質問が 作れないことになるじゃないか ![]() では、どうすればいいんでしょうか? ![]() 一つは、そもそも自明な一対一対応が存在するわけではない、 とすればいいです。 ![]() つまり、あらゆる「はい」「いいえ」で答えられる質問から、 論理式へは対応がありますが、 あらゆる論理式から、「はい」「いいえ」で答えられる質問へ の対応があるわけではない、とすればいいわけです。 (つまり、「'」をつける操作はいつでもOKだけど、「’」をとる操作は 一定の条件を満たさないとできない) このように定義することで、この問題は回避できます。 どう条件を付けるかについては、結構大変そうですが ![]() もう一つは、全てを徹底的に厳密に定義していく、ってことです。 実際、簡単のために、>>59などでは、かなりの部分を端折っています。 (問題となっている部分を直観的にわかるようにまとめたつもりですが…) また、現実の論理と、形式的な論理と、ごっちゃにして議論しています。 ![]() ここあたりが実は本質的に問題です。↑の問題は、多分ここが関係しています。 >>59の定義は、かなりの部分を端折った、とても厳密とは言えないもののため、 実は他にも突き詰めていけば、色んなボロが出てきます。 ![]() 例えば、本来【質問】とは集合であって、更に自分自身を含むような集合です。 (質問の中に、質問という言葉をつかってしまっていますよね?) というわけで、集合における様々なパラドックスを回避するために、 もっと厳密に定義しないといけないはずです。 つまり、質問って何だ?と突き詰めていけば、厳密に構成的に定義していくか、 ある種の制限をつけない限り、色々なボロが出てきます。 ![]() また、答える、ということは門番が真だと証明できることを前提にしていますが、 これも、「論理式が証明できる」、ということを定義するために、 形式的に、厳密に色々定義していかなければなりません。 ![]() ただ大変に見えますが、実際に厳密に、矛盾の出ないように定義可能かどうか、 と言われると、私的にはYESです ![]() 文字数的にも時間的にも、大変だと思いますし、実質的な意味で不可能ですが。 ![]() そもそも、私は大変ですよね!?だから不適切、という立場のものです。 実際、これまでの議論の結果としてわかってるのは、 良くある答えは、論理式に直そうとしても、相当問題があることです。 突っつけば、色々なことを一つ一つ構成していかなければなりません。 というのも、「質問し、答える」ことを質問するという、 論理式で表そうとすると相当やっかいな部分を採用しているからです ![]() 個人的には、厳密にやっていくのも可能か、とは思いますが、 このように、色々苦労しなくてはなりません。 もちろん、論理式で表せないのなら、そもそも不適切です。 ![]() 私としては、単純な、誰でもわかるような質問をすべき、かと思います。 ![]() ![]() さらに言うと、そのようなGがあるのなら、
問題となっている質問文を、@の解釈ではなく 「G(A')は真か?」 (A'=「門Aは天国の門」) とすればいいと思いませんか? 自然言語をどのように命題に対応させるのか、というところは自明ではないように思います。 ![]()
ゲーデル
>自然言語をどのように命題に対応させるのか、
>というところは自明ではないように思います そういうことです。 ![]() Gは本質的に「門番が答える行為」に対応しますから、Gを自然な言葉で 表現しようとすれば必ず「〜の質問に...と答える」となります。 すると、E(〜)が必ず付いてくるんですよね。 だから、回避策の1つとしては、「自明な1対1対応がある」わけではない、というふうになります。>>63のコメントの真ん中くらいの話です。 本来は「’」を付けるのにさえ、制限が必要です。 ![]() ![]() ![]() 2回質問出来ないはずなのに、「質問する行為を含む」質問をする行為が、
整合性のなく、不合理さを感じるものであることを、 もっと端的に表現できないかと思い、簡単な別問題を作ってみました。 ------------------------------------------------------ ここに4つの箱があり、1つだけ10億円入っていて、残りの3つは空です。 どこに10億円が入っているか知っている管理人がいました。 この管理人は、お金を払わなければ、何も答えてくれません。 1.裏金を1億円払えば、ヒントは教えてくれますが、 宝物の入っている箱を特定できるような答えは決して言いません。 2.裏金を2億円払えば、宝物の入っている箱をズバリ教えてくれます。 ある人が、この管理人に、1億円渡して質問しました。 ある人:「裏金を2億円払ったら、何と答えますか?」 管理人:「1.に反しますので、教えられません。」 ある人:「私が裏金を2億円払ったとして、考えてください。」 管理人:「考えるも何も、あなた、2億円持ってるんですか?」 ある人:「持ってませんよ。だったら、仮に、別の人か、私が将来、 裏金を2億円払ったことを真として、答えるのが当然でしょう? 1億円払ったんですから、答えて下さいよ。」 管理人:「・・・」 ------------------------------------------------------- ![]() ![]() ![]() ![]() 今重大な問題点に気付きました。
もしゲーデルさんが「質問されてないから、答えられない」というような立場であるなら、 僕たちに「もし門番だったら…と答えませんか?」という質問をしていることが矛盾していませんか? 僕たちは門番でもないですし、そのような質問をされたわけではないのですから。 「例えば…」の話であるなら、それは僕が上で主張した「仮想世界」の考え方ではないですか? ![]()
ゲーデル
ダブルスタンダードに聞こえているのかもしれませんが、私は、
別に「仮想世界」の考え方が納得できないわけではありません。 ![]() 以下、私の個人的な反事実的条件文に対する考え方です。 私は、仮想世界的に実在性はないと思いますが、一般の人は、 結局は仮想世界的考えを根底にして、話をしているのだろうと思っています。 ただ、その仮想的な前提を「押しつける」ような質問は、日常生活においても ダメになることが多いと思っています。 (↑の2億円渡していないのに、2億円渡したことを前提にして質問する のがいい例です。多くの人は違和感を感じると思います。 ![]() 「○○と聞いたら、xxと答えますか?」は、質問できることが 日常生活においてあまりに当たり前で、それに対する答えが、 あまり現実的な価値がないことが【多いので】、「押しつけ」が少なく感じますが、 実際は、後件に重要な意味がある時は、前件に現実性がない時は、 「そもそも前件が違う」と言いだすのが普通です。 つまり、「押しつけ」を感じるからです。 ![]() 例えば、少しでも嘘を言ったら、罰金1万円というルールで日常生活を 送ることを考えれば、仮定の話は出来るだけ避けようとすると思いませんか? 政治家等の、発言に重要性がある人で、良く考えている人は 「○○ならxx」といういい方を極力避ける傾向にあります。 というのは、「○○なら、xxですか?」と聞かれた時、うっかり「はい」等と答えると、 「xxと表明!」などと後件のみを強調した報道をされる事がよくあるからです。 だから、「そもそも前件が違うので、お答えできません。」とか、 「仮定のお話はいたしません。」みたいな返し方をしたり、前提を強調して話します。 (それでも前提の真偽を無視する場合は、一般に悪意を含んだ質問になります。 ![]() 「押しつけ」の程度が少なければ、回答者側は素直に答えますし、 「押しつけ」の度合いが大きければ、実際の世界でも、「そもそも前提が違う」と 反論されるわけです。 私が主張しているのは、このように、自然言語においても微妙な質問形式を、 こと「質問する回数が限られている状態」=「前件が確実に偽」で、 「相手が論理の世界に生きている」と考えられる状況でするのは、 あまり適切ではない、ということだけです。 もちろん、別にハッキリ「間違い」と言うわけでもないので、 別の簡単な正解がなければ、どんどん積極的に使っていいと思います。 ![]() ちなみに、日常世界では、↑で述べたように、私は皆仮想世界的な考えで 反事実的条件文は使われていると思いますで、ほとんど問題にならないと思います。 「押しつけ」をすると、相手に失礼だから、普通の会話ではほとんどみられないですし。 ![]() ![]() 「〜と聞かれたら…」
というのを命題に対応させるときに、E(〜)が必要というのはあくまでゲーデルさん解釈ですよね? 質問文を対応させるときにE(x,A)が必要ないと考えている人間にとっては、 「Aと聞かれたら…と答える」という自然言語をG(A')に対応させれば全く問題ないと思います。 逆もこれでいいわけですから、これで対応がとれますし。 ![]()
ゲーデル
この質問に対して、考えたことを「口に出さず思い浮かべてください。」というなら、 別に 前提によって、門番が「答える」行為と、EとGは切っても切り離せないと思います。 正直者は答える時のみ、常に正直なことを言い、 嘘つきは答える時のみ、常に嘘をいうわけですから。 簡単に言うと、E(x,A)が必要なくて、G(A') 質問せずとも門番が「質問の内容に」答えてくれることになり、不自然です。 もし全て納得いくように定式化をやるのであれば、徹底的に定義しなおさないと 難しいかもしれませんね。 ![]() そもそも、「質問」ということを定式化するのが先でしょうし。 (突っつけば、ボロが結構出てきます。 ![]() ![]() ![]() No.67の続きですが…
言いたいことは 「@という解釈の正しさを検証するためには、仮想世界を導入した論理が必要になるのではないか?」 ということです。 仮想世界を日常生活で使っていることを言っているのではありません。 @を解釈することの正しさをどのように(古典)論理的に主張しても、 「でもあなたは門番ではありませんし、質問されたわけでもありません」 ということから、前提が否定されてしまうのでは? ![]()
ゲーデル
何が問題になっているのか、私がいまいち理解できていない可能性が
あって ![]() ![]() まず、残念ながら「解釈の正しさ」、は厳密な検証方法はありません。 ![]() ほとんどの人に正しい、と【自然言語で使われている論理】で 認めさせるしか方法がないわけです。 古典論理は、「矛盾を許容しない、命題が真偽の2値に必ず決まる、1階述語論理」で あって、少数の公理と推論規則などで形式的に、決められる約束事にすぎません。 私は、論理問題というのは、基本的には次のようなステップを踏むのだと思ってます。 ![]() 1.自然言語→論理形式に変換(解釈) 2.論理形式の中で形式的に(つまりコンピュータでもできる、ということ)変換 3.変換された論理形式→自然言語(逆解釈) 1.3.の解釈・逆解釈のやり方の正しさを検証するには、 1.2.3.のステップを踏んだ時の結果が、うまく自然言語の論理と 一致していることを、(十分賢い)大勢の人に納得させるしかないわけです。 つまり、(十分賢い)大勢の人が持ってる【自然言語の論理】があって、 それと1.2.3.のステップを踏んだ結果が一致することを示すしかないわけです。 仮想世界論とかいうのは、自然言語の条件法の解釈の仕方の1つにすぎません。 私は単に、仮想世界論的な解釈をせずとも、 @(∃x)(x∈【質問可能者】∧ E(x,A)) ∧ G(A')) のような解釈をすれば、ある程度【自然言語の論理】と結果が一致するように 思われる、ということを主張していただけです。 ![]() そもそも、@のように論理形式に変換する際に定義した様々なことが、まだ全然 完全なものではないので 、問題は山づみです。 ![]() 更に、【自然言語の論理】で、結果が本質的に解釈が違う、と言われればそうかも しれません。それなら、解釈の仕方が違っていたということになるだけの話です。 ただ、本質的に解釈が違う、と言うのであれば、本質的にうまくいくような 解釈の仕方と、論理形式を示すべきです。 解釈の仕方に伴う様々なことが、一般的に受け入れられるかも問題です。 結局、この問題に関しては、「質問が1回」=「門番が実際に答える行為も1回」 という風に【自然言語の論理】で受け取る人がいる以上、 どんなに頑張っても問題が起こるのは必至だと思います。 ![]() つまり、「Aと言う質問に「はい」と答えますか?」でうまくいく、とする人は、 「それで論理的にうまくいくことが納得いかないから、論理式で書いて説明してくれ。」 と言われた途端、困り果てることになります。 まず、論理式を定義するのが、言葉で言う以上に複雑で大変なものになるし、 更に「質問が1回」と言う制限をどう切り抜けるのかが本質的に大変です。 *ちなみに、一般的に言うと、【自然言語の論理】等と言ったものは、全ての人が正しく 使えるわけではないし、哲学的な話もあるので、自然言語全てにわたって 厳密な検証をすることは不可能です。 ![]() ![]() 「正直者と嘘つきの問題」は、論理パズル問題なのか?
それとも、頭の体操問題なのか? 論理パズル問題であれば、途中経過も込みで論理的な解答であり、 かつ、回答者の多くを納得させれる解答でなければならないが、 頭の体操問題であれば、途中経過に多少の無理があっても、 回答者の多くを納得させれる解答であればいいとおもうのですが・・・? ![]()
ゲーデル
一応ここまでは、論理問題ととらえて話をしています
![]() まぁ確かに頭の体操的な問題で、前提にはない様々な仮定を考えることが ある意味評価につながるのであれば、模範解答かもしれませんね ![]() ただその場合、 @別の人が来るのを待って、質問回数を増やす。(実質何回も質問可能!) AS門に入ってみて、地獄だったら引き返してT門に行く。(質問0回!) B「私が将来天国の門を開けるか、S門が天国の門である、の 少なくとも片方は成り立ちますか?」と質問する。(将来のことはわからない) C口に出さず、プラカードを持って尋ねる。(これは1回の質問に入らないと考える) D門番を無理やりS門に入れようとして、嫌がったらそっちが地獄の門 E「正直者だけ答えてください。」とまず制限する。(嘘つきは答えてはいけない!) 等々も全て模範解答です。@やAはかなり優秀な解答になります。 ちなみに@と「〜と質問したら...と答えますか?」は本質的に似た解答です。 ![]() ![]() 水を差しますようですが・・・
文型の者なので、後半のお話には付いていくことができませんが、本問について。 はたして「あなた」は掟3を破っていないと「極めて論理的に」説明できるのでしょうか。というのも、人間が1回しか質問していないかどうかがわかるのは「あなた」だけですよね。そして「人間から2回以上質問されたに違いない」という疑いを掛けられたときに、「アリバイ」のない「あなた」はいったいどうすれば、その疑いを晴らすことができるのでしょう。 文型の私にはわかりかねます。 という訳で、『村長!掟3の改定を提言します!』 ![]()
ゲーデル
確かに論理の話は哲学以外は、数学(基礎論)で取り上げられることが多く、
理系の話に聞こえる部分もありますが、基本的に、論理の話は、 文系・理系とはあまり関係のない話ですので、あまり気にしないでください。 ![]() さて、掟3.ですが、↑の方で何回か指摘されまして、掟と言うには、少し不適切です。 本来なら、一度質問されて、その返答をしたら、門番はすぐにその任を 解かれなければなりませんよね。 ![]() 「門番が守るべき掟」というよりは、問題設定の「前提」とでもいうものです。 現実の世界では地球が一つしかないのと同じように、 このクイズの世界では「質問されることが1回しかない」と言うことです。 ![]() この事実は、この世界では当たり前のことになっている、と思いください。 ![]() ![]() ![]() えーっと、長らくコメントもないですので、ここ辺りでこの質問についてはロック
させてもらいます。 最後に全部通して読み直したんですが、質問者の意図を理解できずに 頓珍漢な返信をしていたり、(制限があるので仕方ないとはいえ)問題山積みの 定式化を堂々としたりと、かなり恥ずかしい所はありますが ![]() その時々の自分が言いたかったことは出尽くしてる気がします ![]() 議論を深めてくれたり、論点を整理・指摘してくれたり、間違いを指摘してくれた 全回答者の皆様、大変ありがとうございました。 ![]() 一応この問題は終了させてもらいますが、 この問題も含め、私の「終了した問題」に関して、「何か一言コメントつけたい」 という方がいれば、別の「コメント可能な私の問題」中に一言囁くかコメントして もらえれば、また再開しますので、お気軽に申しつけてください ![]() |