Z県I市。
とあるマンションで、1人の男性が撲殺された。
新米刑事の俺は、いつも通り三田村警部補と現場に急行する。

現場となったマンションの名前は「モーニングウインド桜川」
210号室のリビングに、撲殺死体が見つかったと言う。

三田村「どう思う？舞草。」
舞草「‥俺に聞かれても困りますね。」

1人暮らしには不釣合いな広さの部屋に、三田村と並んで立つ。
部屋の中央の人型に縁取られた白線も目を引くが、
この部屋で何より目を引くのは‥。

舞草「それにしても‥凄いコレクションですね。」
三田村「‥そうだな。これ、誰が引き取るんだ？」

壁一面を埋め尽くしたショーケース、ポスター、写真‥。
そのいずれもが、彼の趣味‥いわゆる、「鉄オタ」を示している。

三田村「殺されたのは、哲堂 拓《テツドウ タク》20歳。」
「今風に言えば、親のスネかじり虫だな。」

‥それが、三田村警部補の精一杯の「ナウい」言葉なんだろう。

三田村「第一発見者は、シロネコ急便の男性だ。」
「ドアが半開きだったので、覗いて見ると倒れた被害者の足が見えた訳だ。」
「死因は、額をこれで何発も‥。」
舞草「‥マグカップ、ですか。」
三田村「因みに、指紋は拭きとられていたそうだ。」

やや重めのマグカップだ。
凶器としては、些か不自然な気がするが‥。

三田村「凶器になるものなんて、この部屋に幾らでもあるだろうに‥。」

ショーケースの中や駅名の看板を見つめながら、三田村が言う。

舞草「あ、そうだ。死体は、何かを握っていたそうですね。」
三田村「ああ。‥これだ。」

三田村が差し出したのは‥キーホルダーだった。
「田端」と書かれた小さな駅名の看板‥。

三田村「山手線だな。被害者の携帯のキーホルダーだそうだ。」

田端？‥何を示したかったんだろうか‥。
田端‥田端‥。

三田村「‥じゃあ、事件の関係者‥もとい、被疑者の話を聞こうじゃないか。」


リビングの隣の部屋に移動すると、応接セットに3人の男女が座っていた。
ここには、Nゲージが応接セットの左で走り続けている。

三田村「どうも。Z県警の三田村です。」
舞草「舞草です。」

美家「拙者‥‥コホン。私は美家 雲尾《ビカ クモオ》と申します。」
「哲堂君とは、よく朝まで生討論をしたものです。「あさかげ」か、それとも‥」

‥マニアックな会話になったので、脳内で声をオフにする。
おかっぱ頭のメガネ‥「河童」と言う仇名が付きそうだ。
汗を拭いたハンカチは、駅名がびっちりとプリントされていた。
‥何処で売ってるんだよ。そんなの‥。

椎名「おりゃー椎名 茂羽《シイナ モハ》っつーモンでさ。」
「哲堂とは‥山手線の美しいアークに付いて語り合う仲でさーね。支線‥」

指でスッと弧を描き、遠い目をする。
‥どんな仲なのだろうか。
ボサボサの髪の毛に、ニキビの多い顔‥。いわゆる、アレな感じだな。

栄「‥栄 木葉《サカエ コノハ》です。」
「たっくんとは‥鉄道博物館に行‥。」

‥要するに、被害者の彼女か。
可愛い、と言うほどではないが‥不細工でもない。普通だ。
長い髪の隙間から、ウグイス色のイヤリングがちらつく。

三田村「皆さん、被害者の死亡推定時刻‥12時半ごろですが。アリバイなどある方は？」

3人は、それぞれの顔を横目で窺いながら黙りこんだ。
‥要するに、誰でも殺害は可能だったのか。


被疑者と面会を終え、リビングに戻る。‥まるでちょっとした鉄道博物館だな。
うへぇ。駅にある路線図だろこれ。どうやって持ってきたんだよ‥。

ショーケースの横には、様々な資料がファイリングされていた。
様々な色をしている‥不思議だな。
適当に緑色のファイルを取ると、「東京電車環状線」と大きく書いてあった。
東京電車環状線‥？ああ。山手線の別名なんだろうか？

舞草「‥？ ‥‥そういえば‥。」

頭の隅に、小さな疑問符が生まれる。
そういえば‥アレは何だったんだろう。



その時、俺の頭に一筋の光が走った。

舞草「あっ！」
三田村「ど、どうした！？」
舞草「‥わかりました！」
「三田村警部補！あの人を尋問して下さい！」


さて、哲堂 拓を撲殺した犯人は誰なんだろうか？