バスツアーで信州の山中にやってきた桂木馨は、冷たい風を浴びながら山々を眺めていた。
　この地に来たのは新婚旅行の時以来だ。
『飛鳥さんと別れて、それでお前はいいのか？』
　不意に離婚のことを相談した際に兄が放った言葉を思い出す。
　別れたことに後悔をしなかったわけではない。実際、今でも夫婦だった時の品はまだ捨てきれずに残してある。
　だが、夫婦の仲が冷え切っていくのに耐えきることができなかったのだ……自分の仕事のために。
「大変だあっ！」
　桂木の思考を遮るように男性の叫び声がこだました。ここから少し降りた川からだ。
「何かあったんですか？」
　川のほうに降りていくと、頭から血を流して倒れた若い男と、その側でへたり込んでいる中年男性の姿があった。
「ああ……君は確か同じツアーの桂木さん。彼、山の方から転落したみたいなんです」
　中年の男性はツアーの参加者で、確か室伏仁という名前だ。
「……もう亡くなっているようです」
　脈の動きがないことを確認し、桂木がつぶやいた。
「まさか、こんなことが起こるなんて」
「とりあえず、ツアーのスタッフを呼んできて下さい」
「わ、分かりました！」
　室伏が走り去ったのを確認すると、桂木は遺体に目をやった。
　転落した後も少しの間意識があったのだろう、這って動いた跡が血で地面に残っている。
　見れば、遺体は手をグーの形にしていて何かを握りしめているようだった。
「これは……」
　遺体の手を開かせると、桂木は驚いた表情をした。
　手に握られていたのは、内側にＫ・Ａと刻まれた銀の指輪だった――。


　その後、警察の調べで以下のことが分かった。

・被害者の名前は有島光太郎。桂木と同じく、バスツアーの参加者。
・死因は崖から川の岩場に落ちたことによる転落死。
事故か自殺か、それとも突き落とされたかは現在捜査中。
・遺体に不自然な様子は特に見つからなかった。
・被害者が若い女性と口論をしているのを目撃したという証言があった。


●ツアー参加者●（桂木と被害者を除く）

室伏仁（むろふしじん）
他のどのツアー客とも初対面で、当然被害者との面識はない。
２ヶ月ほど前、殺人事件に巻き込まれたことがある。

西田善（にしだぜん）
被害者の仕事仲間で共にツアーにやってきた。
某週刊誌の記者をしている。

葵多美（あおいたみ）
OL。被害者との面識は無し。
つい最近、半年付き合っていた彼氏と別れたらしい。

森田黒金（もりたくろがね）
製鉄会社に勤務。
被害者とは一度行き着けの呑み屋で会ったらしい。


【推理！】
桂木は有島光太郎の死を他殺と確信しているようです。
この事件の犯人。そして、その根拠を記入してください。