東京区内のある区営の貸しスタジオで、一人の男が頚動脈を切られて死んでいた。
被害者は、四安 美勇士(21)。
この日は同じ大学の仲間と結成している「MAD」というロックバンドの練習が、この貸しスタジオで午後7時から行われる予定だった。
バンドのメンバーでキーボード担当の桜木 陽一が7時5分前にこのスタジオに入ったところ、四安が血の海の中に倒れていたのである。血のついたカッターが近くに落ちていたので、それが凶器と思われた。
また、四安の右手のそばには、血のついた指でなぞった文字らしきものが書かれていた。
それは「いちょうちょう」と読めた。
ダイイングメッセージと思われたが、何を意味しているのか皆目見当もつかなかったために。刑事たちは一時その存在を忘れてしまった。
このスタジオは夕方の時間帯は午後6時から9時までの3時間をひとまとめにして貸している。「MAD」のメンバーはみなバイトをしており、7時にならないと全員がそろわない。
そのために練習時間を7時としているだけで、レンタル時間は6時からとなっている。
四安のバイトは6時で終わる。そこでこのスタジオで練習するときは、いつも一番先に来て鍵を受け取る習慣になっていた。
受付の記録によると四安が手続きしたのは午後6時15分だった。
事件現場となった貸しスタジオは区民ホールの地下にあり、ホールの玄関脇の階段を使えば受付の前を通らなくても出入りすることが出来る。
傷口の形から考えて後ろからカッターで頚部を切られている。抵抗した様子もないので、一瞬の隙を突いて犯行に及んだものと思われ、ごく短時間でも十分に実行可能と考えられた。
したがって、桜木も含め誰にでも犯行が可能であった。
聞き込みの結果、バンド内でのいざこざが明らかになり、容疑者はバンドのメンバーに絞られた。

桜木 陽一(20)…キーボード担当。
赤木 武文(21)…ドラム担当。
宮城 琢磨(19)…ギター担当。
三井 良治(21)…ベース担当。
流川 将兵(20)…サイドギター担当。

犯人を推理する決め手に欠いた刑事たちは、四安が書き残したダイイングメッセージを思い出した。
メンバーにそれとなく聞いてみたが、それが直接誰かをさしているとは思えないと答えた。

しかし。それは明確に一人の人物を指し示していたのである。
さて、それはいったいだれだろうか。