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■ nothing ( No.35 )
日時: 2011/03/22 20:55
名前: KST

〜続き〜

彼は叫んだ後、観客がウンともスンとも言わないのを不思議に思った。もしかしたら失敗か…?
彼は仕方なく、ゆっくり目隠しを外して、観客の方に振り返った。
観客の中には誰一人として、驚いている者はいない。まさかと思って百円玉に目をやると、彼は目の前の光景に驚愕した。嫌な予感が当たってしまった。
百円玉は全くひっくり返っていなかった。確かに、「100」と書かれた側が上を向いているままではないか。
「しまった、失敗だ…やはり、計画通りにはいかなかったか…。」
彼は咄嗟にその百円玉をつかみ取って、一目散に会場から逃げ出していった。
「やっぱり、目隠しなんてしなきゃ良かった…。その方が驚き感が増すと思ったのに、昨日の夜だって、あんなに神棚に拝みまくったのだから、俺にもきっと神の力が宿って、百円玉の一枚ぐらい、念力で簡単に動かせると思ったのに。」
現実にそんなことが起こるはずが無かった。マジシャンと「名乗って」いたその男は、ただの詐欺師であり、観客から鑑賞料を奪うために、このマジックショーと「銘打つ」イベントを開いたらしい。
観客はおろか、その男も、百円玉の「100」と書かれた方が裏であるとは、微塵も知らなかったらしい。そこにいた人々は全員、勘違いをしていたのであった。
その男は数日後、すぐに逮捕された。会場にうっかり忘れていった目隠しに、彼の指紋が付いていたらしい。
結局、彼のそのくだらないマジック…マジックとも言えないだろうが…は、紛れもなく失敗であった。彼にとって利益といえば、咄嗟につかんできたあの百円玉一枚だけであった。その百円玉と同じ様に、彼は世間の常識さえも、ひっくり返せなかったようだ。(完)