pc ( No.192 ) |
- 日時: 2010/07/27 20:35
- 名前: 京
- 〜 エピローグ 〜
作成者 そうそうさん
5月末、蝿のうるさい、梅雨前の猛暑の時期。
打ち水も終わって涼しくなったテラスで、将棋を打つ2人。 「王手飛車取り、と成り!さて、どうなさる?」 「くっ…参りました!トンと勝てないなぁ」 「ふふ、でもアナタも随分強くなったわよ?」 そういって、妻は笑う。 「…あら、そのキーホルダー…ベンツで出かけるの?」 「…いや、なんとなく、な」 去年の夏、あの占い師に会わなければ、こうなることなど予想できなかっただろう。 心臓を患った事を理由に航空会社をリストラされ、大空へのフライトも パイロットとしての華々しい名誉も職も失った去年。 心臓の病も手術で直る見込みはなかった。 そんな絶望の中、手に入れた一つの希望。 「オレに、家族が…?」 暗号を解いた俺は、その一筋の希望に縋った。 手術も、受けてみよう。とにかく生きなければ。 運のいいことに、紹介してもらった大病院に、エース的存在の名医がいた。 彼のおかげで命を拾ったようなものだ。
手術代はRクラスのベンツを売って捻出した。 そこで出会ったのが、上杉謙信の姉、綾姫と同名の、上杉綾。 彼女の親がベンツを購入したのだが、何故か俺に興味を示して、手術後も色々とサポートしてくれた。 彼女の親は喫茶店を経営しており、復帰後はそこで働かせてもらっていたのだが、彼らも寄る年波には勝てず、引退を考えていたらしい。 ワインセラーとして使える地下室もある立派な店で、畳むにはもったいない。 猛勉強して色んな資格を取り、努力した甲斐あって、 なんとか経営を引き継げることになった。 その姿を見て、彼女の両親も交際を認めてくれ、今年の4月に結婚した。 彼女も店をサポートし、時には店にあるYAMAHAのグランドピアノで演奏もしてくれる。 ほぼ一文無しの暮らしから、家族と家と仕事を手に入れた。 まるでわらしべ長者の気分だ。 それを妻に話すと、 「わらしべ長者も努力家だし、屋敷を手に入れるまでにも色んな人を助けてたわ。 …貴方も、努力家だから幸せを手に入れたのよ」 と言ってくれた。 「義父さんたちはメイフラワー号で世界一周か。豪華だなぁ」 「元々のメイフラワー号は、豪華客船とは言い難かったらしけどね。ところで、私たちの新婚旅行の話だけど…」 「ああ、結局忙しくて行きそびたんだよなぁ。夏あたりに企画する?」 「ゴメン、無理。だって…」 「だって?」 「…赤ちゃんが出来たの」 「え?!そ、それは…」 「初夜の、かな?ふふ、おめでとう、は?」 「あ、ああ!おめでとう!…そうか、結婚は4月だったのに”5月に家族”という預言だったのは、そういうことか…」 思わず、手元のキーを見る。 彼女と結婚した時に、義父さんが”餞別だ”といって渡してくれたのだが、 売った物をまた使うのも気が引けて使っていなかったのだが… 結局、使わずじまいで終わりそうだな。 「どうしたの?」 「いや…なんでもない。とすると、今のってるファミリアじゃあ狭くなるかな…」 「そうね、ファミリーカーというには小さいかもねー」 いずれにせよ、これで区切りがついた。 今度こそ、ベンツともオサラバだ。 占い師の行方はあれ以来不明だ。 だが、どこかで見ているのかもしれないな。 そう思って、誰かに見せつけるように、ベンツのスリーポインテッド・スターエンブレムの入ったキーを、テーブルに置いた。
fin
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