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妻との最後の約束 ≫No. 1
?ヒナコ 2008/10/25 09:47囁き
「私ももう長くないわ。あなた、隼人をよろしくね」
「ああ、わかってるよ。」

水谷 源十郎は房江が1年前に病床に臥してから毎日のように病室に足を運んでいた。

最初は「退院したら、昔あなたと行った別府の温泉にもう一度行きたいわ。」などと気丈に振舞っていた房江だったが、この頃ではそういったささやかな望みすら口に出さなくなってしまった。

房江の心残りはやはり隼人のことらしい。毎回、ここを訪れているときは隣の家のおばさんに面倒を見てもらっている。迷惑をかけていると思うが、よく事情を知ってもらっている間柄なので安心して任せていた。

それでも毎回病院に行くときに寂しそうな顔をして「どこにいくの?」と聞いてくるので「ちょっと買い物に」と答えると「うそつき!」と言って離れようとしない。仕方ないのでゲームを与えてあげたらすぐに夢中になってゲームを始めた。現金なものだ。房江がいなくなったら隼人の面倒は全て自分が見なければならない。
私一人でできるのだろうか?
最近の源十郎は歳のせいで声も嗄れてきていた。
これが年を経るということなのだろうか。源十郎の心に不安がよぎる。

水谷夫妻は夫婦そろって48になるまで子供が出来なかった。
高年齢出産は危険だったが、房江は生むと言って聞かなかった。

生まれた瞬間、これまでに見たことのない房江の最高の笑顔を見た源十郎は泣いてしまった。それまで一度も涙など流したことはなかったのに。

その息子が12歳の誕生日を迎えて五日経ったある日、運命の時はやはりやってきてしまった。

「もうお別れね。私はあなたがいて幸せだったわ」

「僕もだよ。一緒に過ごした日々のこと、絶対に忘れない」

そういって源十郎は房江を抱きしめた。

そして房江はそのまま帰らぬ人となった。


その後、源十郎の意に反して隼人は施設に引き取られることになった。
房江との約束が守れなかったことを申し訳なく思いながらも、これもある意味仕方のないことかと思う源十郎であった。


なぜ源十郎はあっさりと約束を守ることを諦めたのでしょうか?
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