美女と手帳とメッセージ ≫No. 1
pekoe
2008/09/24 11:00
*** 某月某日 橙市内某喫茶店にて ***
「ねえねえ椿、コレ見てー?」
お昼ごはんを食べ終えたあと、席を立っていた真珠美が戻ってくるなり言った。アイスティーの氷をストローで弄んでいた椿は、その声に顔を上げる。真珠美の手には手のひらに乗るほどの大きさの何かを持っている。
「何? 手帳?」
「そう。誰かがトイレに忘れていったのね…」
手帳にしても小さいサイズの部類に入るだろう。淡いパープルに「2008」と書かれた繊細な金文字から女性らしい印象を受ける。挿してあるボールペンは細身のシルバーで、よく見るとキャップの縁に「N・S」と彫られている。
「じゃあ、お店の人に届けておいたら?」
「うん、そうなんだけどー、ちょっと見たら表紙のところにお金が入ってるみたいでー…」
見ると、確かにカードなどを差し込むための切り込みに、1万円札が入っているようだ。
(…なおさら届けようよ、真珠美ちゃん)
そう思いつつも、何となく今後の展開が読めるような気がする椿である。
「本当の所有者じゃない人が名乗り出たりしたらイヤじゃん? だから…」
「この手帳が誰のものなのか、推理しろってこと?」
「ご名答!」
うふふ、と笑う真珠美に対して、椿は既にげんなりとした表情である。
そもそも今日は…、いや、今日会った目的については、また別の話だ。
「清掃時刻の表に書いてあった時間は10分前くらいだったわ。それより前に忘れたんだったら店員さんが持って行っているはずだから、多分この持ち主はまだ、この喫茶店の中にいると思うの」
(でも推理するって言っても、材料が…)と椿が思っていると、真珠美が件の手帳を開いて言った。
「それでなんだけど…この手帳、書いてあることが暗号みたいでね…」
(他人の手帳を見るのは抵抗が…)と思いつつも、目の前に出されては見るより他ない。椿は差し出されたその最初の1ページを見る。
見開き1ページでひと月分のカレンダーになっている形式のもので、書き込める場所はかなり小さい。左上に「1月」とあり、1月の予定が几帳面な細かい字で書かれている。
真珠美の言う「暗号みたい」なことはすぐにわかった。そこだけ蛍光ペンでマーカーが引かれていたからだ。1月14日の欄にはこのように書かれている。
『弁天@浅草11:00~』
(………わかるような、わからないような…)
1月にマーカーが引かれた予定はそれだけだったので、1枚ページをめくり2月・3月とページを繰ってみる。ちょうど、ひと月につき一つずつ、マーカーの引かれた予定は存在していた。
2月『赤穂@銀座11:00~』
3月『京o@銀座16:30~』
4月『飛*@銀座16:30~』
5月『四谷@新橋16:30~』
(ふぅん…。ってことは、「暗号」というより、「この小さい欄に無理やり詰め込むために」こう書いたんでしょうね…)
「ところで…私、真珠美の前にお手洗いに入った人なら知ってるよ? この席からは見えやすいから、見てたもの」
「え? 誰?」
「さっき店を出て行ったグループの中にいた、和服の女性」
厳密に言うと、真珠美が席を立つ前にこの店を出て行ったグループの中にいた女性だ。上品な和服姿で、目鼻立ちのはっきりとした人目を引く美人だったため、何となく印象に残っていたのだ。
椿が言うやいなや、真珠美は椿の腕をむんずとつかみ、椅子から立ち上がる。
「追いかけるよ!」
後で気付いたら店に戻ってくるだろうし、お店に預けといた方が確実じゃーん、と言う暇もあらばこそ、真珠美の勢いに何となく気圧されて、椿も店を出ることになった。
(>1へ続く)
pekoe 2008/09/24 11:00
「ねえねえ椿、コレ見てー?」
お昼ごはんを食べ終えたあと、席を立っていた真珠美が戻ってくるなり言った。アイスティーの氷をストローで弄んでいた椿は、その声に顔を上げる。真珠美の手には手のひらに乗るほどの大きさの何かを持っている。
「何? 手帳?」
「そう。誰かがトイレに忘れていったのね…」
手帳にしても小さいサイズの部類に入るだろう。淡いパープルに「2008」と書かれた繊細な金文字から女性らしい印象を受ける。挿してあるボールペンは細身のシルバーで、よく見るとキャップの縁に「N・S」と彫られている。
「じゃあ、お店の人に届けておいたら?」
「うん、そうなんだけどー、ちょっと見たら表紙のところにお金が入ってるみたいでー…」
見ると、確かにカードなどを差し込むための切り込みに、1万円札が入っているようだ。
(…なおさら届けようよ、真珠美ちゃん)
そう思いつつも、何となく今後の展開が読めるような気がする椿である。
「本当の所有者じゃない人が名乗り出たりしたらイヤじゃん? だから…」
「この手帳が誰のものなのか、推理しろってこと?」
「ご名答!」
うふふ、と笑う真珠美に対して、椿は既にげんなりとした表情である。
そもそも今日は…、いや、今日会った目的については、また別の話だ。
「清掃時刻の表に書いてあった時間は10分前くらいだったわ。それより前に忘れたんだったら店員さんが持って行っているはずだから、多分この持ち主はまだ、この喫茶店の中にいると思うの」
(でも推理するって言っても、材料が…)と椿が思っていると、真珠美が件の手帳を開いて言った。
「それでなんだけど…この手帳、書いてあることが暗号みたいでね…」
(他人の手帳を見るのは抵抗が…)と思いつつも、目の前に出されては見るより他ない。椿は差し出されたその最初の1ページを見る。
見開き1ページでひと月分のカレンダーになっている形式のもので、書き込める場所はかなり小さい。左上に「1月」とあり、1月の予定が几帳面な細かい字で書かれている。
真珠美の言う「暗号みたい」なことはすぐにわかった。そこだけ蛍光ペンでマーカーが引かれていたからだ。1月14日の欄にはこのように書かれている。
『弁天@浅草11:00~』
(………わかるような、わからないような…)
1月にマーカーが引かれた予定はそれだけだったので、1枚ページをめくり2月・3月とページを繰ってみる。ちょうど、ひと月につき一つずつ、マーカーの引かれた予定は存在していた。
2月『赤穂@銀座11:00~』
3月『京o@銀座16:30~』
4月『飛*@銀座16:30~』
5月『四谷@新橋16:30~』
(ふぅん…。ってことは、「暗号」というより、「この小さい欄に無理やり詰め込むために」こう書いたんでしょうね…)
「ところで…私、真珠美の前にお手洗いに入った人なら知ってるよ? この席からは見えやすいから、見てたもの」
「え? 誰?」
「さっき店を出て行ったグループの中にいた、和服の女性」
厳密に言うと、真珠美が席を立つ前にこの店を出て行ったグループの中にいた女性だ。上品な和服姿で、目鼻立ちのはっきりとした人目を引く美人だったため、何となく印象に残っていたのだ。
椿が言うやいなや、真珠美は椿の腕をむんずとつかみ、椅子から立ち上がる。
「追いかけるよ!」
後で気付いたら店に戻ってくるだろうし、お店に預けといた方が確実じゃーん、と言う暇もあらばこそ、真珠美の勢いに何となく気圧されて、椿も店を出ることになった。
(>1へ続く)