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シーラ
今週は風邪で体調を崩していたため、全体的にレスが遅れまして本当に申し訳ありませんでした。
漸く回復しましたので、遅れに遅れた正解発表に移りたいと思います。
***
大木さんは、しまった、という顔をした。
「ああ、『草枕』にあったとは……それにしても、<五月の薔薇>のほうも知っていたわけ?」
「ええ。……『ハムレット』の中で、彼の恋人のオフィーリアのことを、彼女の兄がそう呼んでました。しかも恋人が父を殺したと知った彼女が精神のバランスを失って、とうとう溺死してしまう、その知らせを聞いた時に兄は痛ましげにそう語りかけるのです、非常に印象的でした……そして彼女の死の場面は色々な画家が描いていますけれど、中でもジョン・エヴァレット・ミレイの<オフィーリア>が原作を一番忠実に再現したと言われていますね。あの絵は、手に花を持ったオフィーリアが森の中の小川に仰向けで浮かんでいる構図で、先輩から伺ったすみれの遺体に加えられた装飾と類似していると思いました……大学で美術史を専攻し、画廊に勤めていたこともあるお姉さんだったら、当然あの絵は知っている筈……それに春野すみれは<地球座>の団員だったのですよね?<地球座>とはそもそも、シェークスピア劇が当時上演されたロンドンの劇場の<グローブ座>に由来する名前で、しかも古典劇を主に上演している劇団と来れば、ハムレットも当然レパートリーに入っていたでしょうし。……とにかく、お姉さんが春野すみれを<オフィーリア>に見立てて、すみれの恋人を告発しようと考えるのは、あり得ることだと思ったのです。」
「そうなのよ。すみれに着せたロングドレスも、劇団の時の衣装だったみたい、オフィーリアを演じた時のね。……彼女の当たり役だったって聞いているわ。」
「お姉さんは、自分が妹の亡骸をオフィーリアに見立てたことを告白したのですか?」
「ええ、警察はさすがに、すみれの遺体は死後に風呂の水に漬けられたのだと分かったみたい……あと写真のこともあって、だってあんな写真を撮れるのは、警察関係者以外には姉しか考えられないからね。」
「彼女は認めたんですね?」
「そう、結局書類送検かなんかされて終わったんだったかな?妹の遺体を、まあ酷く損なったわけではないかもしれないけど、細工をしたのは事実だしね……それで彼女はその後マスコミ各社に、山村弘を告発する手紙を送りつけたんだったっけ。山村のほうは勿論、きちんとした遺書もないし、すべては姉の妄想だと完全否定よ。……逆に名誉毀損で姉を訴えるという話もあったけど、それは立ち消えになったわ。」
「お姉さんはその後どうしたのでしょう?」
「それがね、美術の勉強をし直すとかで、ヨーロッパ滞在中に交通事故で死んじゃったのよ。」
「そうだったのですか……」
私は冷めてしまった紅茶を一口飲んだ。先輩の話を聞きながら考えているうちに、すみれの姉が何故あんなことをしたのか、一つの推測が徐々に形を成してきていたのだが、それは正直言って愉快なものではなかった。
「じゃあ真相はわかりませんね……思うに、マスコミ的には自殺のほうがセンセーショナルでしょうけど、実際にはすみれの死は事故だったんじゃないでしょうか?遺書らしい遺書がなかったことから考えると。」
「事故!?まさか……でも、だったら何故姉はあんなことをしたっていうの?」
「あくまでも推測ですけど、人気女優で、年の離れた姉からみれば可愛くてしかたなかった、もしかしたら執着の対象だったのかもしれない‐だって仕事をわざわざ辞めて付き人までしてたんでしょう?‐そういう妹が、不注意による睡眠薬とお酒の飲みすぎであっけなく死んでしまうなんて、お姉さんからすれば耐えられなかったんじゃないかと思うんです。……妹の死に何らかの意味づけをしたかったんでしょう。或いは最後の晴れ舞台、とでも考えたかもしれませんよ?」
「妹の死に意味づけ?そんなことって考える、普通?」
「ミステリーには時々ありますよ、○井□夫の、自殺を他殺に見せかけた有名な作品とか、それに対するアンチテーゼでもあるらしい、△井▲の他殺を自殺に見せかけた大作とか……或いは、身内を不幸な事故で亡くした人が、『誰々の死を無駄にせず、原因を究明して二度とこのような事故が起きないようにして欲しい』と思うのだって、一種の意味づけじゃありませんか?」
「……」
「身近な人の死に何らかの意味づけを求める心情自体は、決して否定されるものではありません。ただすみれのお姉さんは、エゴが強すぎたのですね……妹の死をドラマ仕立てにしてしまったのは、全く自己満足以外の何物でもないでしょう。そんなことをせずに、事故なら事故として妹の運命を静かに受け止めるべきだったと思います。」
先輩は大きく頷いた。
「深山さんの推測が当たっているかどうかは永遠に分からないけれど、もしそうだとしたら……」
「五月の薔薇は痛ましきかな……」
ミレイの<オフィーリア>を思い浮かべると、我知らずそんな言葉が口をついて出た。
<了>
漸く回復しましたので、遅れに遅れた正解発表に移りたいと思います。
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大木さんは、しまった、という顔をした。
「ああ、『草枕』にあったとは……それにしても、<五月の薔薇>のほうも知っていたわけ?」
「ええ。……『ハムレット』の中で、彼の恋人のオフィーリアのことを、彼女の兄がそう呼んでました。しかも恋人が父を殺したと知った彼女が精神のバランスを失って、とうとう溺死してしまう、その知らせを聞いた時に兄は痛ましげにそう語りかけるのです、非常に印象的でした……そして彼女の死の場面は色々な画家が描いていますけれど、中でもジョン・エヴァレット・ミレイの<オフィーリア>が原作を一番忠実に再現したと言われていますね。あの絵は、手に花を持ったオフィーリアが森の中の小川に仰向けで浮かんでいる構図で、先輩から伺ったすみれの遺体に加えられた装飾と類似していると思いました……大学で美術史を専攻し、画廊に勤めていたこともあるお姉さんだったら、当然あの絵は知っている筈……それに春野すみれは<地球座>の団員だったのですよね?<地球座>とはそもそも、シェークスピア劇が当時上演されたロンドンの劇場の<グローブ座>に由来する名前で、しかも古典劇を主に上演している劇団と来れば、ハムレットも当然レパートリーに入っていたでしょうし。……とにかく、お姉さんが春野すみれを<オフィーリア>に見立てて、すみれの恋人を告発しようと考えるのは、あり得ることだと思ったのです。」
「そうなのよ。すみれに着せたロングドレスも、劇団の時の衣装だったみたい、オフィーリアを演じた時のね。……彼女の当たり役だったって聞いているわ。」
「お姉さんは、自分が妹の亡骸をオフィーリアに見立てたことを告白したのですか?」
「ええ、警察はさすがに、すみれの遺体は死後に風呂の水に漬けられたのだと分かったみたい……あと写真のこともあって、だってあんな写真を撮れるのは、警察関係者以外には姉しか考えられないからね。」
「彼女は認めたんですね?」
「そう、結局書類送検かなんかされて終わったんだったかな?妹の遺体を、まあ酷く損なったわけではないかもしれないけど、細工をしたのは事実だしね……それで彼女はその後マスコミ各社に、山村弘を告発する手紙を送りつけたんだったっけ。山村のほうは勿論、きちんとした遺書もないし、すべては姉の妄想だと完全否定よ。……逆に名誉毀損で姉を訴えるという話もあったけど、それは立ち消えになったわ。」
「お姉さんはその後どうしたのでしょう?」
「それがね、美術の勉強をし直すとかで、ヨーロッパ滞在中に交通事故で死んじゃったのよ。」
「そうだったのですか……」
私は冷めてしまった紅茶を一口飲んだ。先輩の話を聞きながら考えているうちに、すみれの姉が何故あんなことをしたのか、一つの推測が徐々に形を成してきていたのだが、それは正直言って愉快なものではなかった。
「じゃあ真相はわかりませんね……思うに、マスコミ的には自殺のほうがセンセーショナルでしょうけど、実際にはすみれの死は事故だったんじゃないでしょうか?遺書らしい遺書がなかったことから考えると。」
「事故!?まさか……でも、だったら何故姉はあんなことをしたっていうの?」
「あくまでも推測ですけど、人気女優で、年の離れた姉からみれば可愛くてしかたなかった、もしかしたら執着の対象だったのかもしれない‐だって仕事をわざわざ辞めて付き人までしてたんでしょう?‐そういう妹が、不注意による睡眠薬とお酒の飲みすぎであっけなく死んでしまうなんて、お姉さんからすれば耐えられなかったんじゃないかと思うんです。……妹の死に何らかの意味づけをしたかったんでしょう。或いは最後の晴れ舞台、とでも考えたかもしれませんよ?」
「妹の死に意味づけ?そんなことって考える、普通?」
「ミステリーには時々ありますよ、○井□夫の、自殺を他殺に見せかけた有名な作品とか、それに対するアンチテーゼでもあるらしい、△井▲の他殺を自殺に見せかけた大作とか……或いは、身内を不幸な事故で亡くした人が、『誰々の死を無駄にせず、原因を究明して二度とこのような事故が起きないようにして欲しい』と思うのだって、一種の意味づけじゃありませんか?」
「……」
「身近な人の死に何らかの意味づけを求める心情自体は、決して否定されるものではありません。ただすみれのお姉さんは、エゴが強すぎたのですね……妹の死をドラマ仕立てにしてしまったのは、全く自己満足以外の何物でもないでしょう。そんなことをせずに、事故なら事故として妹の運命を静かに受け止めるべきだったと思います。」
先輩は大きく頷いた。
「深山さんの推測が当たっているかどうかは永遠に分からないけれど、もしそうだとしたら……」
「五月の薔薇は痛ましきかな……」
ミレイの<オフィーリア>を思い浮かべると、我知らずそんな言葉が口をついて出た。
<了>