クイズ大陸



履歴 検索 最新 出題

No. 42≫ No.43 ≫No. 44
?月光 2007/06/05 19:33
[解決編・開幕]
桐生は屋敷に戻ると酒井に声をかけた。
「お伺いしたい事が出てきたんですが、遠野さんはどちらにいらっしゃいますか?」
「先生でしたら書斎にいらっしゃいます。こちらです。」
酒井の案内で桐生達は遠野の書斎へ向かう。
「度々申し訳ありません、またお伺いしたい事が出てきまして。」
「何ですかな?」
「圭介さんが生命保険会社の人物と会っていた事がわかりました。それと毒物の入った袋を所持していたんです。ご存知でしたか?」
「さぁ、知りませんな。借金が返せなくて死のうとでも考えたのではないですかね。」
「…失礼ですがお話を聞く限り圭介さんはそのような手段を取る方とは思えません。それに保険金は圭介さんでなく遠野さん、あなたにかけられていました。受取人はもちろん圭介さんです。」
「何が言いたいんですかな?」
桐生は険しい表情の遠野を見据える。
「毒物を入手した圭介さんは遠野さんを殺害して保険金を得ようとしたのではないでしょうか?遠野さんは圭介さんを問い詰め口論になり、揉み合う内に殺害してしまった。」
「憶測でものを言うのは止めてくれないかね。」
「袋からは遠野さんの指紋も検出されています。本当にご存知ないのですか?」
「何だかわからずに触ったものをあいつがまた持っていたのだろう。そんな事で犯人にされてはたまらんな。」
「もちろんこれでは証拠になりません。」
桐生は落ち着いた表情で言葉を続ける。
「圭介さんを殺害してしまったあなたは裏庭から窓を割り侵入者の犯行に見せかけようとした。」
「桐生さん、足跡は2人分ありましたが…。」
「ここには2人の人物がいる。酒井さんも協力したんだろう。」
遠野に視線を戻し桐生は言葉を続ける。
「部屋を荒らして金品を隠し外部犯の犯行に見せかけた後は酒井さんが発見したとして通報すればいい。自分は事故で足が悪いと言えば捜査の目は外部犯に向くと考えられたのでしょう。」
「憶測に過ぎん。私は2階へ上がるのに人の手を借りねばならん。そんな人間がどうやって2階にいた圭介を殺せると言うんだ。」
「私です!私がやったんです!」
それまで黙っていた酒井が涙を滲ませ叫ぶ。
「仰る通り、圭介さんは先生を殺して保険金を得ようとしていたんです。これまでにもお金をせびって断られては先生に暴言を吐いて…怖い人達は押しかけて来るし許せなかったんです!」
ハンカチを取り出し、涙を拭う酒井に桐生はゆっくり首を振った。
「庇いたいお気持ちはわかりますが、酒井さんは犯人ではありません。検死の結果、圭介さんの傷は右側から心臓を貫いている事がわかりました。犯人は左利きの可能性が高い。酒井さんは右利きですね。」
ハンカチを握る酒井の右手を指し桐生は言葉を続ける。
「それに現場を見て頂いた時、あなたは遠野さんを支えて階段を上がるのに苦労されていました。そんな酒井さんに大柄な圭介さんと格闘した末に刺し殺す事は難しいでしょう。」
「ここには犯人はおらん。早く捜査にかかった方がいいのでは?」
桐生はポケットから1枚の写真を取り出す。被害者の掌の写真をFAXさせたものだ。
「これは圭介さんの手です。強く何かを握ってその模様が痕に残ってしまったものです。この模様、遠野さんの杖の梅の花の彫刻とそっくりなんです。何故、遠野さんの杖の模様が圭介さんの掌に残っているのでしょう?」
遠野は答えない。
「遠野さん、堤が杖に触れようとした時激しく拒絶されましたね。そして圭介さんの掌に残った痕…恐らくその杖が凶器なのではないですか?」
「杖が凶器って、どういう事ですか?」
「その杖、仕込み杖なのではないでしょうか?」
「仕込み杖?」
「そう、刀を仕込んである杖だ。それを持って圭介さんの部屋へ行き、そして…」
遠野は険しい顔で桐生の言葉を遮る。
「私は足が不自由だと言ったばかりだが?」
「それは演技です。遠野さんはずっと左手に杖を持って歩いていました。応接室でも椅子の左に杖を置いていましたね。事故で負傷されたのは右足です。これは交通課の記録にも残っています。」
「先生は左利きです。桐生さんも聞いたじゃないですか。」
桐生はその言葉が終わるや否や堤の左足を思いっ切り踏みつけた。
「痛っ!何するんですか!?」
「堤は右利きだよな?左足を痛めた時お前はどっちの手に杖を持つ?」
「えっ?あっ…」
遠野は黙って2人のやり取りを聞いている。
「右足は何ともないから習性で左手に杖を持ってしまったのでしょう。堤へサインをお願いしたのは遠野さんの利き手を確認する為でした。」
遠野は黙って桐生の言葉を聞いている。
「遠野さん、足の悪い演技をしている左利きの人物、犯人はあなたです。」
桐生の言葉に遠野は諦めたような笑みを浮かべた。
「悪あがきは止めた方が良さそうですね。」
杖を手に取りそっと引き抜く。鈍く光る刀身が姿をあらわした。
「洗い流してしまいましたが調べればこれがあいつの命を奪った物だとわかるでしょう。」
丁重な手つきで桐生は杖を受け取る。
「先日、酒井さんが圭介の部屋で生命保険会社の人間の名刺を見つけましてな。その後その袋を拾ったのです。嫌な予感がして知り合いの医者に調べてもらうと中身は毒物だとわかりました。保険会社に問い合わせたらあいつが私に保険をかけている事がわかりました。知らぬ間にかけられた生命保険と毒物…。あいつの考えを知った私は昨夜、帰ってきたあいつの部屋に行ったんです。この家から出て行かせよう、もう甘い顔をしてはならんと。」
悲痛な表情で遠野は言葉を続ける。
「その時、息子に命を狙われていると頭に血が上った私は、身を守るべくその仕込み杖を手にしていたのです。冷静になればこんな物を持っていけばどうなるかわかったでしょうに。そしてあいつを問い詰めると私が死ねば保険金と遺産が入ってくると言って襲い掛かってきたのです。そして揉み合う内にそれであいつを刺していました。」
遠野は小さく首を振った。
「愚かな奴です。しかし、私はもっと愚かだ。」
傍らですすり泣く酒井にすまないと告げると、遠野は書斎に活けられた梅の花に目を移す。
「梅は死んだ妻が好きだった花です。この花の彫刻があいつの手に残るとは…空から妻が愚かな事は止めろと言っていたのでしょう。」
遠野は緊張が解けたのか落ち着いた表情で言葉を続ける。
「演技と言うのは難しいですな。事故に遭った事を利用して足の悪い振りを演じれば私に疑いの目が向く事はないだろうと考えましたが、そんな不自然な演技をしていたとは。私は役者としては失格ですな。」
「息子さんを殺害してしまった後です。それが普通ですよ。現実世界で演技などそうそうできるものじゃありません。」
「遠野先生は沢山の人を惹き付ける偉大な作家です。何があってもこの事実は変わりません。」
「先生、お帰りをお待ちしています。」
「ありがとう。」
遠野は桐生に視線を移す。
「さて、では行きましょう。」
ゆっくりと遠野は立ち上がる。差し出された堤の手をそっと辞し、しっかりとした足取りで部屋を後にした。

[劇終]
編集