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kaito
2006/03/10 18:55
【解答篇】
「やっぱりお気付きになりましたか。・・・やはり海東警部補の目は誤魔化せないですね。
実は警部補と待ち合わせる前に彼女に電話を入れて、初対面のような振りをしてくれるように頼んではいたのですが・・・。彼女がコーヒーを運んできた時、僕はハッとしました。その後はもうずっと、気が気ではなかったんです」
黒木刑事は少し俯いて言った。
彼のコーヒーには砂糖とミルクが付いてこなかった。初対面であれば私と同じように両方とも用意されてくるはずだろう。彼女と黒木刑事は初対面ではない──それも彼がいつもブラックで飲むと分かってその通りに出すくらいの、既知の間柄なのだ。
「事件のこと、話してくれないか」
私が言うと黒木刑事は
「ええ、もちろんです」
と素直に応じた。
人の少ない公園のベンチに二人で座ると、黒木刑事は少しずつ話を始めた。
「私は以前、別の事件でこの界隈を聞き込みで回り、浦上社長と知り合いました。そして浦上印刷がM大の名簿を制作していることを知って、いろいろと話をするようになりました。実は私もM大出身なのです。自分の名前の載っている卒業名簿も見たりしました。
そしてある日、韓国でツアー客が連続して殺されるという殺人事件が起こりました。──警部補はもうすでにこの事件との関連性を疑っていらっしゃるだろうと思います。
私はツアー客の一人であった前田裕子がM大の学生と知って、特に気も留めずに浦上社長に話してしまいました。犯人の狙いが“干支”の字を持つ関係者をすべて殺してしまうことだったらしいことも。前田裕子も本当は“加害者”だったのかも知れない、ということも言ったと思います。・・・それがそもそものこの事件の発端になってしまったのです。」
前田裕子が殺され、黒木刑事は驚いて浦上を尋ねて、また話をした。浦上の顔色は良くなかったが、その時はそれ以上のことは思いもよらなかったそうだ。
そしてその後、次々にM大出身者が殺され、黒木刑事は心のどこかで浦上を疑い始めた。そして、我々が次なる被害者を予測してマークしているということも話したのだそうだ。もし浦上が犯人だとしたら、それが“抑止力”になると思ったのだろう。
しかしそれは逆効果だった。浦上は江口を殺害し、鈴木を操り尾崎のそばに行かせて警察に見つかるように仕向け、その鈴木を自殺に見せかけて殺害した。
* * *
浦上の自供は思った以上に早かった。
浦上は事件の動機をしっかりとした言葉で話したが、その内容は事前に我々が調査し、描いたストーリーとほぼ同じであった。
浦上には小学校にあがる前の娘がいたが、ある時、駅構内での事故で死亡した。その時の駅員が江口と鈴木だった。浦上は娘の死が単なる事故ではなく、江口と鈴木の過失であるとして訴えたが彼らはそれを認めず、結局責任を問うことはできなかった。それ以降、浦上はずっと江口と鈴木のことを恨んでいた。
しかし、ここしばらくは仕事も順調で忙しく、そのことは少しずつ頭の中から消えかけていた。
そんなある日、黒木刑事から“干支”の名前に絡んだ連続殺人事件の話を聞き、浦上の頭には忘れていた記憶が急に蘇った。江口も鈴木も名前に干支が入っていたことが、浦上の中では印象的だったからだ。
そして浦上は、黒木刑事の話にヒントを得、前田裕子から始まる連続殺人を計画した──
エピローグ
私と黒木刑事は、浦上の娘の墓前に花を供えて手を合わせた。
黒木刑事は、刑事を辞めて実家に帰ることに決めたと私に話した。
「そうか、残念だが仕方が無いな」
「そもそもは僕がすべて悪いんです。それに僕なら浦上社長を止められた。いえ、僕にしか止められなかった。浦上社長にも、この亡くなったお嬢さんにも申し訳ないことをしました」
黒木刑事はもう一度、墓碑に対して深く頭を下げた。
kaito 2006/03/10 18:55
「やっぱりお気付きになりましたか。・・・やはり海東警部補の目は誤魔化せないですね。
実は警部補と待ち合わせる前に彼女に電話を入れて、初対面のような振りをしてくれるように頼んではいたのですが・・・。彼女がコーヒーを運んできた時、僕はハッとしました。その後はもうずっと、気が気ではなかったんです」
黒木刑事は少し俯いて言った。
彼のコーヒーには砂糖とミルクが付いてこなかった。初対面であれば私と同じように両方とも用意されてくるはずだろう。彼女と黒木刑事は初対面ではない──それも彼がいつもブラックで飲むと分かってその通りに出すくらいの、既知の間柄なのだ。
「事件のこと、話してくれないか」
私が言うと黒木刑事は
「ええ、もちろんです」
と素直に応じた。
人の少ない公園のベンチに二人で座ると、黒木刑事は少しずつ話を始めた。
「私は以前、別の事件でこの界隈を聞き込みで回り、浦上社長と知り合いました。そして浦上印刷がM大の名簿を制作していることを知って、いろいろと話をするようになりました。実は私もM大出身なのです。自分の名前の載っている卒業名簿も見たりしました。
そしてある日、韓国でツアー客が連続して殺されるという殺人事件が起こりました。──警部補はもうすでにこの事件との関連性を疑っていらっしゃるだろうと思います。
私はツアー客の一人であった前田裕子がM大の学生と知って、特に気も留めずに浦上社長に話してしまいました。犯人の狙いが“干支”の字を持つ関係者をすべて殺してしまうことだったらしいことも。前田裕子も本当は“加害者”だったのかも知れない、ということも言ったと思います。・・・それがそもそものこの事件の発端になってしまったのです。」
前田裕子が殺され、黒木刑事は驚いて浦上を尋ねて、また話をした。浦上の顔色は良くなかったが、その時はそれ以上のことは思いもよらなかったそうだ。
そしてその後、次々にM大出身者が殺され、黒木刑事は心のどこかで浦上を疑い始めた。そして、我々が次なる被害者を予測してマークしているということも話したのだそうだ。もし浦上が犯人だとしたら、それが“抑止力”になると思ったのだろう。
しかしそれは逆効果だった。浦上は江口を殺害し、鈴木を操り尾崎のそばに行かせて警察に見つかるように仕向け、その鈴木を自殺に見せかけて殺害した。
* * *
浦上の自供は思った以上に早かった。
浦上は事件の動機をしっかりとした言葉で話したが、その内容は事前に我々が調査し、描いたストーリーとほぼ同じであった。
浦上には小学校にあがる前の娘がいたが、ある時、駅構内での事故で死亡した。その時の駅員が江口と鈴木だった。浦上は娘の死が単なる事故ではなく、江口と鈴木の過失であるとして訴えたが彼らはそれを認めず、結局責任を問うことはできなかった。それ以降、浦上はずっと江口と鈴木のことを恨んでいた。
しかし、ここしばらくは仕事も順調で忙しく、そのことは少しずつ頭の中から消えかけていた。
そんなある日、黒木刑事から“干支”の名前に絡んだ連続殺人事件の話を聞き、浦上の頭には忘れていた記憶が急に蘇った。江口も鈴木も名前に干支が入っていたことが、浦上の中では印象的だったからだ。
そして浦上は、黒木刑事の話にヒントを得、前田裕子から始まる連続殺人を計画した──
エピローグ
私と黒木刑事は、浦上の娘の墓前に花を供えて手を合わせた。
黒木刑事は、刑事を辞めて実家に帰ることに決めたと私に話した。
「そうか、残念だが仕方が無いな」
「そもそもは僕がすべて悪いんです。それに僕なら浦上社長を止められた。いえ、僕にしか止められなかった。浦上社長にも、この亡くなったお嬢さんにも申し訳ないことをしました」
黒木刑事はもう一度、墓碑に対して深く頭を下げた。