ネコ耳メイド喫茶の殺人 ≫No. 1
紅巾
2015/12/29 22:42
「では例の件、考えておいてくださいね」
そう言うと神沢は不敵な笑みを浮かべたままネコ耳メイド喫茶『招き猫』を去った。
「……もう二度と来るニャ」
神沢が立ち去ったのを何度も確認してから野中は恨むように愚痴を零した。
野中はこのメイド喫茶『招き猫』のホール担当の店員だ。
ここの店員はネコに倣い、仕事中では「な」を「にゃ」と発音し、語尾が「にゃ」になるように喋る決まりになっている。
仕事中の愚痴は決して褒められるものではないが、愚痴に至るまでその決まりを守っている辺り、野中は店員の鑑と言えるかもしれない。
そう言えるほど、このときの野中の愚痴は恨みに満ちていた。
「店員さん、ちょっといいですか」
自分が呼ばれていることに気付き、野中は声のした方へぱたぱたと走る。
「お待たせ致しましたニャ。ご注文はお決まりですかニャ?」
「おい、大丈夫だったか?」
マニュアル通りの応対の返答が予想外のもので、野中は面食らった。
その声の主は赤坂だった。呼んだのが注文のためではなく野中を心配しての行動だったことに気付き、野中は顔を綻ばせる。
野中と赤坂は恋人同士であるが、それを周囲には話していないどころか付き合いがあることすらひた隠しにしていた。
そこに大層な理由はなく、なんとなく気恥ずかしかったのだ。
なので、滅多に店までは来ない赤坂を前にしても野中はこう言った。
「とりあえず、仕事の後で話そうニャ」
野中は別の客の元へぱたぱたと走った。
それからいくらかの月日が経過し、遂に野中と赤坂の計画が執行される日がやってきた。神沢を殺害する計画である。
偶然にも神沢が店内にやってきて、偶然にも赤坂と相席になり、偶然にも毒入りのカップを選んで無差別殺人の被害者となる。そういう筋書きだ。
二人が考えた案の中ではかなりリスクが高い方法だったが、神沢からキリのない脅迫を受け、いよいよ後がなくなった二人にとってはこれしかないと思える程の案だった。そして、今日しかないと思える時が今だった。
野中は隠していたインカムで赤坂に計画の始動の合図をした。
このときの為に用意したインカムは良好な音を届けることができる。聞き間違いはないだろう。
「どうも」
神沢は野中に誘導され赤坂と相席になる。
神沢は赤坂と野中の関係は知らないので、この程度では怪しまれることはない。
赤坂は不快だったが、努めて愛想よく振る舞った。勿論、これから殺そうとしていることはおくびにも出さない。
「コーヒー2つ!」
赤坂と神沢の近くの席から元気な注文の声が響く。
赤坂はそれに合わせてコーヒーを2つ注文した。
野中はコーヒー2つを受け取ると、片方のカップにこっそり毒を仕込んだ。
次に別の店員にコーヒー2つを赤坂と神沢の席へと運ばせる。
赤坂は厨房に近い方の席に座っており、先にカップを受け取れるようにしている。
後は野中がインカムでどちらのカップを取るかを伝え、赤坂がその通りにするだけだ。
野中は赤坂から見て右のカップを取るように伝えた。
赤坂は自分から見て左のカップを取った。
「!?」
野中は驚きと焦りでパニックに陥った。どうして左のカップを取ったのか。野中は確かに右のカップを取るように伝えた。左右の基準は赤坂から見た方向だと打ち合わせも事前にしてあるのに……。
「カップを取ったらどうするんだったかニャ……」
野中はこの後の筋書きを思い返す。
カップを取った後は、コーヒーに異常がないことを示すために赤坂が先に口をつけ……。
野中が飛び出したときには、既に手遅れだった。
それでは、問題だ。
赤坂が毒入りのカップを手にしたのは何故か?なお、自殺ではない。
そう言うと神沢は不敵な笑みを浮かべたままネコ耳メイド喫茶『招き猫』を去った。
「……もう二度と来るニャ」
神沢が立ち去ったのを何度も確認してから野中は恨むように愚痴を零した。
野中はこのメイド喫茶『招き猫』のホール担当の店員だ。
ここの店員はネコに倣い、仕事中では「な」を「にゃ」と発音し、語尾が「にゃ」になるように喋る決まりになっている。
仕事中の愚痴は決して褒められるものではないが、愚痴に至るまでその決まりを守っている辺り、野中は店員の鑑と言えるかもしれない。
そう言えるほど、このときの野中の愚痴は恨みに満ちていた。
「店員さん、ちょっといいですか」
自分が呼ばれていることに気付き、野中は声のした方へぱたぱたと走る。
「お待たせ致しましたニャ。ご注文はお決まりですかニャ?」
「おい、大丈夫だったか?」
マニュアル通りの応対の返答が予想外のもので、野中は面食らった。
その声の主は赤坂だった。呼んだのが注文のためではなく野中を心配しての行動だったことに気付き、野中は顔を綻ばせる。
野中と赤坂は恋人同士であるが、それを周囲には話していないどころか付き合いがあることすらひた隠しにしていた。
そこに大層な理由はなく、なんとなく気恥ずかしかったのだ。
なので、滅多に店までは来ない赤坂を前にしても野中はこう言った。
「とりあえず、仕事の後で話そうニャ」
野中は別の客の元へぱたぱたと走った。
それからいくらかの月日が経過し、遂に野中と赤坂の計画が執行される日がやってきた。神沢を殺害する計画である。
偶然にも神沢が店内にやってきて、偶然にも赤坂と相席になり、偶然にも毒入りのカップを選んで無差別殺人の被害者となる。そういう筋書きだ。
二人が考えた案の中ではかなりリスクが高い方法だったが、神沢からキリのない脅迫を受け、いよいよ後がなくなった二人にとってはこれしかないと思える程の案だった。そして、今日しかないと思える時が今だった。
野中は隠していたインカムで赤坂に計画の始動の合図をした。
このときの為に用意したインカムは良好な音を届けることができる。聞き間違いはないだろう。
「どうも」
神沢は野中に誘導され赤坂と相席になる。
神沢は赤坂と野中の関係は知らないので、この程度では怪しまれることはない。
赤坂は不快だったが、努めて愛想よく振る舞った。勿論、これから殺そうとしていることはおくびにも出さない。
「コーヒー2つ!」
赤坂と神沢の近くの席から元気な注文の声が響く。
赤坂はそれに合わせてコーヒーを2つ注文した。
野中はコーヒー2つを受け取ると、片方のカップにこっそり毒を仕込んだ。
次に別の店員にコーヒー2つを赤坂と神沢の席へと運ばせる。
赤坂は厨房に近い方の席に座っており、先にカップを受け取れるようにしている。
後は野中がインカムでどちらのカップを取るかを伝え、赤坂がその通りにするだけだ。
野中は赤坂から見て右のカップを取るように伝えた。
赤坂は自分から見て左のカップを取った。
「!?」
野中は驚きと焦りでパニックに陥った。どうして左のカップを取ったのか。野中は確かに右のカップを取るように伝えた。左右の基準は赤坂から見た方向だと打ち合わせも事前にしてあるのに……。
「カップを取ったらどうするんだったかニャ……」
野中はこの後の筋書きを思い返す。
カップを取った後は、コーヒーに異常がないことを示すために赤坂が先に口をつけ……。
野中が飛び出したときには、既に手遅れだった。
それでは、問題だ。
赤坂が毒入りのカップを手にしたのは何故か?なお、自殺ではない。