クイズ大陸



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ビン・ボウ警部補の事件録・28『人質消失』 ≫No. 1
?空蝉 2014/02/13 20:48囁き
「カ、カ、カ、カ、カ、カ、カ、カ、カルテル君、カルテル君、カルテルくーーーーーーーーん!」
 時は正午。町はずれで、まるでのけものにされているかのようにひっそりと佇む邸宅内に、その主、ウラブレー・マズシーの大音声が響き渡った。「わわわわ、私の・・・・・・私のあたりめを知らないか!?さっきまでここにあったんだが、今見たらなかったんだ!・・・・・・おい!聞こえているのか?カルテル君!」
「騒がしいなあ、もう」自分の部屋の一人掛けソファでゆったりとくつろいでいたグレッグ・カルテルは、片手にワイン、もう片方にアップルパイの午後のひとときに幕を下ろすと、心底うんざりといったていで立ち上がった。「たかがイカの干物のひとつやふたつで騒がなくても」
「いかの干物だと!? カルテル君、この間君にレクチャーしてやった種々様々なするめの相違点を忘れたのかね!?」
「なんでただの呟きがあっちの書斎まで聞こえるんだよ」
 カルテルは自分の部屋を出て、廊下を右へ、両壁にいくつか掛けられた絵画の列を通り過ぎ、書斎のドアをノックした。「カルテルです」
「私のあたりめは、あたりめはどこへ行ったんだ!?」まるで我が子を誘拐された父親のように切迫するマズシーは、書斎机から身を乗り出して言った。
「あたりめはマイケル・プリペイド君にあげましたよ」カルテルはなんでもない風に答えた。
「何だと!? どうして!」
「彼が食べたいと言ったのです。監禁部屋まで連れていく途中、書斎のドアが開いていたので、たまたま目に入ったのでしょう」
「あれが私の約1週間分の食糧だと知ってのことか!」
「まあ、子供なので、勘弁してあげてくださいよ」
「そういう問題じゃない」この埋め合わせはきっとしてもらうからな!、と大真面目に言ってくるので、カルテルは笑いをこらえ切れない。たかがあたりめ一袋の埋め合わせなんて、いくらでもしてやるよ。
「それはそうと、だ」マズシーの顔が、ごねる子供から犯罪組織の長のものへと変わった。「マイケル君はどうしている」
「はい。今頃監禁部屋で、あたりめをミシュラン三つ星レベルの逸品のごとく、愉しく美味しく味わっていると思います」
「いや、もうそういうのはいいから、真面目に訊いているんだけどな」マズシーは机に座りなおすと、眉間に皺を寄せた。「実はまずいことになってな」
「まずいこと?」
「サラ・プリペイドが共犯だと気付かれた」
「なんですって!?」
「ビン・ボウだよ」マズシーの眉間の皺が、渓谷のように深くなる。「やはり、中途半端な共犯者など用意すべきではなかったのだ」
「始末しますか?」
「頼む」
「刺客を送ります。では、身代金のほうはどうしましょう? マイケル君は・・・・・・」
「サラを始末したあとで、仕切り直しだ。あいつが共犯であることがばれた以上、我々の存在はまず警察に知られたと考えていい。だが、この場所さえばれていなければ、取引は続行できる。でも、一応ここは離れたほうがいいかもしれんな」マズシーは机から立ち上がり、葉巻に火を付けた。「とりあえず、人質の様子を見たい。案内してくれ」

 二人は三階へと上がった。二階――先ほど彼らがいた所と同じような廊下に、左右の壁に4つずつ、計8のドアがある。その右側、一番手前のドアの前で、二人は立ち止った。
「この部屋です」言ってから、カルテルは鍵を取り出し、差し込むと、ドアを開いた。
 人質は、小さな子供ではあるものの、一応、反逆の可能性を考慮し、武器になりそうな、余計なものは置いていない。姿見がひとつ、そして左の壁に大きなポスターがあるだけだ。正面には窓があるが、格子が付いているので外には逃げられない。だがそこに人質の姿は・・・・・・
「・・・・・・いないじゃないか、マイケル君」マズシーは不安げに、カルテルを見た。
「ご心配なく」カルテルは、たいしたことじゃありませんよ、というふうに微笑を浮かべ、「たぶん、この部屋のちょっとした仕掛けに気付いたのでしょう」と言った。
「仕掛け?」
「実は、この部屋は隣の部屋とつながっていましてね。あそこにポスターがあるでしょう? 実は、あれを捲ると、人ひとりが通れる大きさに壁がくり抜いてあるんです」
「なんでそんな造りになっているんだ?」
「さあ。たぶん、大工のちょっとした遊び心でしょう。いずれにしても、ここにいないということは、彼は隣の部屋にいるということです。そしてこれは隣の部屋の鍵」カルテルはもうひとつ別の鍵を取り出すと、マズシーに渡した。「あっちのドアを開けてみて下さい」
 鍵を渡されたマズシーは、隣の部屋のドアの前まで来ると、鍵を差し込んだ。そこまでしたところで、彼は不思議そうな表情でカルテルのほうを向いた。カルテルは、さっきの部屋の前に立ったままだった。
「カルテル君、どうしてこっちに来ない?」
「二人ともそちらへ行ってしまうと、マイケル君が壁の穴を潜って、こちら側から逃げてしまいますので」
「ああ、なるほど」頷いて、マズシーはドアを開いた。「・・・・・・いないじゃないか」
「なんですって!?」
 部屋の内装は、さっきの部屋と左右対称であるということ以外に変わったところはない。格子窓に姿見、右の壁に掛けられた少し大きめのポスター。
「どういうことだ!? 君はちゃんと閉じ込めたのか?」狼狽するカルテルに、マズシーは厳しい視線を向けた。
「鍵がきちんと閉まっていたことは、部屋の鍵を開けたことで確認出来たはずです。それに、窓からも逃げられません。ましてや三階ですし。人質であるマイケル君も、私が最後まできちんと責任を持って、彼を部屋に入れるまで確認しました。だから、いないなんて、そんなはずはない!」そしてカルテルは、慌ただしくマズシーの元に駆け寄ると、一緒に隣の部屋を覗き込んだ。「あり得ない」
 人質なき監禁部屋に、二人は恐る恐る足を踏み入れた。どう頑張って解釈しても、マズシーとカルテル、その二人の人間以外に、その部屋には誰も存在しなかった。
 しばらく唖然としていたところで、格子窓の外から声が聞こえた。子供の声だった。
「まさか・・・・・・」
 二人が窓に駆け寄ると、その遥か下、屋敷の門の前で、我が人質、マイケル・プリペイド君が揚々と手を振っているではないか。「あたりめうまかったぜ、おっさん。それじゃ、see you no again!」彼は颯爽と門を潜り抜け、通りへと消えていった・・・・・・。

 マイケル・プリペイド君が使った、密室脱出のトリックとは?
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