ビン・ボウ警部補の事件録・22『轢き逃げ事件の謎』 ≫No. 1
空蝉
2013/02/20 00:02
「だから、さっきから言ってるじゃないですか。簡単なナンバーでしたからはっきりと覚えています。間違っているはずはありません!」女が言った。
「俺だってはっきり見たし、はっきり覚えてる。あんたが間違っているんだろ!」男が女に対抗する。
「いいえ、間違っているのはあなたのほうよ。脳味噌を家に置き忘れてきたんじゃないの?」
「なんだと、このあまァ!」
「まあまあ、二人とも。落ち着いて落ち着いて」中・流刑事が、口論する二人の男女を宥める。「被害者が轢かれた時の状況を、もう少し詳しく話して頂けますか?」
駅前の交差点で轢き逃げ事件が起きたと通報があったのが、今から約十五分前。リキッド警察署で電話を受けた中・流刑事は、一番で現場に駆け付けた。昼時だったためか、他の署員は皆昼食に出ており、オフィス内には中・流刑事しか残っていなかったのだ。
「さっきもちょっと言ったけど・・・・・・」女が言った。「私は今日、『地区対抗酒豪選手権』に出場するために、会場の駅前広場へ向かってたの。そしたら向こうから灰色の車が突進してきて、私の斜め前を歩いていた男性を撥ね飛ばして行ったのよ。まあ、その男性はやや車道寄りを歩いていたという事実はあるにしても、あきらかにわざとよ。その車は、わざと男性にぶつかったの!」
「その瞬間は俺も見たよ」今度は男が口を開いた。「俺は、一年前電車を利用した時に接客態度の悪かった駅員に文句を言うために、駅に向かっていたんだ。そしたら、俺の横を猛スピードで車が通り過ぎて行った。危ねえな、と思ったら、その車、俺のすぐ向こうにいた男をぶっ飛ばして走り去ったぜ。どう考えても、わざとだ。んで、このアマが『デャー』だが『ビャー』だが『ボエー』だが、人とは思えんような声で叫んでたんで、正直そっちの方がびっくりしたぜ。未確認生命体かと思ったわ」
「なんですって、この失脳者!」
「なんだとあまァ!」
「まあまあ、だから落ち着いて」再び宥める中・流刑事だが、向かい合う二人の視線は、第二の事件を起こしかねないほどに、危険な鋭さを帯びている。「それで、お二人の見た車のナンバーは・・・・・・」
「『T-5568-2』だったぜ」男が言った。
「いいえ、『A-12345-6』だったわ。こんなもの、間違えるはずがない」女が言った。
「きっとあんたは、常に物事を誤ったふうに認識しながら、その人生を送っているんだろうな。ああ、虚しい虚しい」
「だからオンリー頭蓋骨はなにも喋るな!」
「あまァ!」
「ボケェ!」
「二人とも落ち着いてってば!」
中・流刑事がついに二人の間に割って入った時、ビン・ボウ警部補が到着した。「すまん、遅れた。で、状況はどうなんだ?中・流刑事」
「遅いですよ、ビン・ボウ警部補。ランチするお金があるじゃあるまいし、何やってたんですか」
「・・・・・・。状況を、説明してくれたまえ」
「実は先程、轢き逃げ事件が起きたのですが、この二人の目撃者の証言が食い違っているんですよ」中・流刑事は表情険しい男女のほうを示した。「事件当時の様子についてはこの二人の証言は一致しています。問題は、二人が見たという車のナンバープレートなのですが、それぞれ違う番号を証言しているんです」
「なるほど」顎を親指と人差し指で包み込むビン・ボウ警部補の口からは、ほんのりと『あたりめ』の匂いが漂ってくる。「どちらかが間違っている――。あるいは嘘か――」
「そんなことは絶対ない!神に誓ってもいい!」男が言った。
「私だって、間違ってません。嘘も、吐く理由がないでしょう?賭けてもいいです!」女も負けじと言う。
「ふむ・・・・・・二人の見間違いではなく、かつ、嘘もないとすると、考えられるケースは・・・・・・」
ビン・ボウ警部補の推理とは?
空蝉 2013/02/20 00:02
「俺だってはっきり見たし、はっきり覚えてる。あんたが間違っているんだろ!」男が女に対抗する。
「いいえ、間違っているのはあなたのほうよ。脳味噌を家に置き忘れてきたんじゃないの?」
「なんだと、このあまァ!」
「まあまあ、二人とも。落ち着いて落ち着いて」中・流刑事が、口論する二人の男女を宥める。「被害者が轢かれた時の状況を、もう少し詳しく話して頂けますか?」
駅前の交差点で轢き逃げ事件が起きたと通報があったのが、今から約十五分前。リキッド警察署で電話を受けた中・流刑事は、一番で現場に駆け付けた。昼時だったためか、他の署員は皆昼食に出ており、オフィス内には中・流刑事しか残っていなかったのだ。
「さっきもちょっと言ったけど・・・・・・」女が言った。「私は今日、『地区対抗酒豪選手権』に出場するために、会場の駅前広場へ向かってたの。そしたら向こうから灰色の車が突進してきて、私の斜め前を歩いていた男性を撥ね飛ばして行ったのよ。まあ、その男性はやや車道寄りを歩いていたという事実はあるにしても、あきらかにわざとよ。その車は、わざと男性にぶつかったの!」
「その瞬間は俺も見たよ」今度は男が口を開いた。「俺は、一年前電車を利用した時に接客態度の悪かった駅員に文句を言うために、駅に向かっていたんだ。そしたら、俺の横を猛スピードで車が通り過ぎて行った。危ねえな、と思ったら、その車、俺のすぐ向こうにいた男をぶっ飛ばして走り去ったぜ。どう考えても、わざとだ。んで、このアマが『デャー』だが『ビャー』だが『ボエー』だが、人とは思えんような声で叫んでたんで、正直そっちの方がびっくりしたぜ。未確認生命体かと思ったわ」
「なんですって、この失脳者!」
「なんだとあまァ!」
「まあまあ、だから落ち着いて」再び宥める中・流刑事だが、向かい合う二人の視線は、第二の事件を起こしかねないほどに、危険な鋭さを帯びている。「それで、お二人の見た車のナンバーは・・・・・・」
「『T-5568-2』だったぜ」男が言った。
「いいえ、『A-12345-6』だったわ。こんなもの、間違えるはずがない」女が言った。
「きっとあんたは、常に物事を誤ったふうに認識しながら、その人生を送っているんだろうな。ああ、虚しい虚しい」
「だからオンリー頭蓋骨はなにも喋るな!」
「あまァ!」
「ボケェ!」
「二人とも落ち着いてってば!」
中・流刑事がついに二人の間に割って入った時、ビン・ボウ警部補が到着した。「すまん、遅れた。で、状況はどうなんだ?中・流刑事」
「遅いですよ、ビン・ボウ警部補。ランチするお金があるじゃあるまいし、何やってたんですか」
「・・・・・・。状況を、説明してくれたまえ」
「実は先程、轢き逃げ事件が起きたのですが、この二人の目撃者の証言が食い違っているんですよ」中・流刑事は表情険しい男女のほうを示した。「事件当時の様子についてはこの二人の証言は一致しています。問題は、二人が見たという車のナンバープレートなのですが、それぞれ違う番号を証言しているんです」
「なるほど」顎を親指と人差し指で包み込むビン・ボウ警部補の口からは、ほんのりと『あたりめ』の匂いが漂ってくる。「どちらかが間違っている――。あるいは嘘か――」
「そんなことは絶対ない!神に誓ってもいい!」男が言った。
「私だって、間違ってません。嘘も、吐く理由がないでしょう?賭けてもいいです!」女も負けじと言う。
「ふむ・・・・・・二人の見間違いではなく、かつ、嘘もないとすると、考えられるケースは・・・・・・」
ビン・ボウ警部補の推理とは?