何が問題になっているのか、私がいまいち理解できていない可能性が
あって(・o・‖)、的外れなこと言っているのかもしれませんが、一応コメントしておきます。
まず、残念ながら「解釈の正しさ」、は厳密な検証方法はありません。(;o;)
ほとんどの人に正しい、と【自然言語で使われている論理】で
認めさせるしか方法がないわけです。
古典論理は、「矛盾を許容しない、命題が真偽の2値に必ず決まる、1階述語論理」で
あって、少数の公理と推論規則などで形式的に、決められる約束事にすぎません。
私は、論理問題というのは、基本的には次のようなステップを踏むのだと思ってます。
1.自然言語→論理形式に変換(解釈)
2.論理形式の中で形式的に(つまりコンピュータでもできる、ということ)変換
3.変換された論理形式→自然言語(逆解釈)
1.3.の解釈・逆解釈のやり方の正しさを検証するには、
1.2.3.のステップを踏んだ時の結果が、うまく自然言語の論理と
一致していることを、(十分賢い)大勢の人に納得させるしかないわけです。
つまり、(十分賢い)大勢の人が持ってる【自然言語の論理】があって、
それと1.2.3.のステップを踏んだ結果が一致することを示すしかないわけです。
仮想世界論とかいうのは、自然言語の条件法の解釈の仕方の1つにすぎません。
私は単に、仮想世界論的な解釈をせずとも、
@(∃x)(x∈【質問可能者】∧ E(x,A)) ∧ G(A'))
のような解釈をすれば、ある程度【自然言語の論理】と結果が一致するように
思われる、ということを主張していただけです。
そもそも、@のように論理形式に変換する際に定義した様々なことが、まだ全然
完全なものではないので 、問題は山づみです。(-へ-;)
更に、【自然言語の論理】で、結果が本質的に解釈が違う、と言われればそうかも
しれません。それなら、解釈の仕方が違っていたということになるだけの話です。
ただ、本質的に解釈が違う、と言うのであれば、本質的にうまくいくような
解釈の仕方と、論理形式を示すべきです。
解釈の仕方に伴う様々なことが、一般的に受け入れられるかも問題です。
結局、この問題に関しては、「質問が1回」=「門番が実際に答える行為も1回」
という風に【自然言語の論理】で受け取る人がいる以上、
どんなに頑張っても問題が起こるのは必至だと思います。
つまり、「Aと言う質問に「はい」と答えますか?」でうまくいく、とする人は、
「それで論理的にうまくいくことが納得いかないから、論理式で書いて説明してくれ。」
と言われた途端、困り果てることになります。
まず、論理式を定義するのが、言葉で言う以上に複雑で大変なものになるし、
更に「質問が1回」と言う制限をどう切り抜けるのかが本質的に大変です。
*ちなみに、一般的に言うと、【自然言語の論理】等と言ったものは、全ての人が正しく
使えるわけではないし、哲学的な話もあるので、自然言語全てにわたって
厳密な検証をすることは不可能です。
ボムボム 2010/02/24 15:00
言いたいことは
「@という解釈の正しさを検証するためには、仮想世界を導入した論理が必要になるのではないか?」
ということです。
仮想世界を日常生活で使っていることを言っているのではありません。
@を解釈することの正しさをどのように(古典)論理的に主張しても、
「でもあなたは門番ではありませんし、質問されたわけでもありません」
ということから、前提が否定されてしまうのでは?