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いはら
2009/07/01 17:56
永久駆動さんへ
>真偽の判定についてではなくではなく
>推論の材料にならないと言っています
>それができない事を示したのが下の例です
>1 「Aは対戦成績でBに勝っている」
>2 「Bは対戦成績でCに勝っている」
>ここから ABC間の強弱関係の推論はできません
どうしてABC間の強弱関係の推論ができないといけないのでしょうか。
単なる命題なのですから、それを使って何か推論できると決まっているはずがありません。
>もしテレビを知らない狩猟部族に
>「AはBより強い
> BはCより強い
> さてここで AはCより強いといえますか?」
>と質問すれば
>彼らは「あたりまえだ」と即答するんじゃないかな
それは単に感覚で答えているだけですね。
論理的な推論による結論と感覚が一致しないのはよくあることです。
もし普通の人に
「パイナップルはリンゴより強い
リンゴはバナナより強い
さてここでパイナップルはバナナより強いといえますか?」
と質問すれば
彼らは「それってどういう意味?」と答えるのではないですかね。
いはら 2009/07/01 17:56
>真偽の判定についてではなくではなく
>推論の材料にならないと言っています
>それができない事を示したのが下の例です
>1 「Aは対戦成績でBに勝っている」
>2 「Bは対戦成績でCに勝っている」
>ここから ABC間の強弱関係の推論はできません
どうしてABC間の強弱関係の推論ができないといけないのでしょうか。
単なる命題なのですから、それを使って何か推論できると決まっているはずがありません。
>もしテレビを知らない狩猟部族に
>「AはBより強い
> BはCより強い
> さてここで AはCより強いといえますか?」
>と質問すれば
>彼らは「あたりまえだ」と即答するんじゃないかな
それは単に感覚で答えているだけですね。
論理的な推論による結論と感覚が一致しないのはよくあることです。
もし普通の人に
「パイナップルはリンゴより強い
リンゴはバナナより強い
さてここでパイナップルはバナナより強いといえますか?」
と質問すれば
彼らは「それってどういう意味?」と答えるのではないですかね。