（これで五件目か……）
富井は嘆息した。本日未明、警察署からそう遠くない朝日町でボヤ騒ぎがあり、その家の住人が発見して火はすぐに消し止められたが、今月に入ってから、山峰市東部では同様の放火事件が既に四件起きていたのだ。
過去四回の内訳は、個人の住宅‐県議会議員宅‐が一件、後三件は寺院と倉庫と、一回はこの警察署のすぐ近くの保育園で起きたのだった。殆どがボヤ程度ですぐに消し止められているが、毎回謎のマークを印刷した紙が封筒に入って、郵便受けの中に残されていることから、同一犯による連続放火事件と看做されていた。

後輩刑事や鑑識員らと共に、実況検分と事情聴取に駆り出された富井は暗い中現場に着いたが、掲げられているその家の表札を見て、思わず目を疑った。
（天上！？……まさか？）
控えめにベルを鳴らすと、果たして見覚えのある端正な面立ちの男性が出てきた。
「やっぱり、天上か！？……こちらに戻っていたのか？」
「これはこれは、確か……富井君ですね？……警察に勤務していたのですか。」
後輩刑事の不審そうな顔を見て、富井は改めて紹介する。
「彼は天上聖（あまがみ　きよし）といって、高校時代の同級生なんだ。」

＊＊＊

富井と後輩刑事は、玄関脇の小さな和室に通された。
「必要があったら母も呼びますが、先ず私がお話ししましょう。」
天上の口調は昔どおり物静かで、慇懃無礼とも受け取れるほど丁重なところも変わってはいなかった。
「母上と二人暮しか？……いつ山峰に？」
「昨年の春ですよ。……今は山峰大に勤務しています。」
といって差し出された名刺には「山峰大学理学部数学科　講師」と肩書きがついていた。
「なるほどね、君なら学者になれると思っていたよ。何しろ飛び級で大学に入ったくらいだからなあ。」
「それは昔の話ですよ。ところで…」と言って、天上は一通の封筒を手渡した。
「これが郵便受けの中に入っていたのです。…もしや犯人が入れておいたものではないかと思って。」
富井は嘆息した。「またか……天上、開けてみてもいいかな？」
彼が了解したので、手袋をして封を切ってみると、錨と五つの星が印刷された紙が出てきた。
「このような印は、今までのボヤ騒ぎの時にも残されていたのですか？」
「そうなんだ……でも外部には伏せているので、もしマスコミが来てもこのことは話さないでほしい。」
天上は頷いた。その時、今まで黙っていた後輩刑事が、
「富井さん、中にもう一枚入っていますよ。」といって、小さい紙を取り出した。
「どれどれ……『てとのきね』？…まるで何かの暗号みたいだ。」
「そのようですね。……でもその前に、そもそも警察では、このマークの意味をどう考えているのですか？」
「意味？子供のイタズラのようなものじゃないのか？」
「そうは思いません。錨と星……やはり日本で「錨星」と言われているカシオペア座を連想させますね。五つの星もW型に並んでいますし。ところで、これまで被害にあった箇所を地図上で確認しましたか？」
「勿論。」
「じゃあ警察は気づかなかったのですね。我が家を含めた五箇所を線で結ぶと、カシオペア座のW型になるんじゃありませんか？」
「うーん、そうなるかもしれないが、それはこじつけじゃないか？」
富井は疑問を呈したが、天上は自信ありげに断言した。
「犯人はわざわざこれを残しているのですよ？……そして、もう一件起きる可能性も考えたほうがよいでしょう。」
「また起きるっていうのか？……確かカシオペア座は五つ星だった筈じゃ？」
「そうですがね……何か忘れていませんか？」
「えっ？」
「この暗号文ですよ、『てとのきね』。……我が家で終わりなら、暗号なんか残す必要はないのでは？」
そう語った天上の顔には、シニカルな微笑みが浮かんでいた。

＊＊＊

さて天上が予告した次の一件は、山峰市のどこで起こると考えられるか、根拠と共にお答え下さい。
なおこの事件についての、山峰市の関係箇所位置図は、以下をご参照下さい。

暗号が解けなくても場所は導き出せるとは思いますが、暗号と相互補完的になっておりますので、出来れば両方お考えいただけましたら幸いです。

＊CTOさんが画像を貼り付けてくださったのでしょうか？どうも有り難うございます！